湘南くらすらいふ第55回 江波戸玲子さんのClass Lifeな暮らし

terrace.jpg

 葉山といえば、海のイメージが強くあります。けれど海岸線近くまで山が迫り、緑豊かな山稜が逗子、横須賀へと腕を広げているのが、その名の通り、この土地本来の特徴なのでしょう。そんな山を背負うロケーションにある住宅地の一角、古い邸宅によく使われた大谷石の階段が残り、その趣と調和を保つように建てられた木の外壁の家。ここがラオスやカンボジアの手織布を使った着尺や帯のブランド「ポンナレット」の葉山の拠点です。

kimono.jpg

 「ボンナレット」を主宰する江波戸玲子さんは、家族と住む東京の家と葉山を行き来して、週の半分はこの家でデザインの仕事をしたり、友人を招いて過ごしています。ギャラリーを兼ねたお宅は、洗練された空間でありながらも、まるでツリーハウスのような浮遊感のある家。傾斜に立てられた建物は、上と下の道路に面していて、2階の玄関と、1階の庭からのエントランスどちらからも出入りできる公園のような開放的なつくりです。

kitchen_01.jpg

gaikan.jpg

「好き」というフィルターを通して集まったもの

stairs.jpg

 玄関から招き入れられ、すぐの階段を降りて行くと、目に飛び込んでくるのはアート作品たち。大きなキスチョコのような形の石の彫刻が足元に並び、天井から下がる真鍮のオーナメントが風に揺れています。飾り棚にはガラスの作品が置かれ、床には立体的なアルファベットのオブジェが。庭に面したアートギャラリーのようなリビングダイニングのスペースは、月に一度開かれるポンナレットの展示会の場であり、週末に友人たちが集う場でもあります。

sofagreen_02.jpg

 ひとつひとつに「これは?」と聞きたくなるような、魅力の宿った品々。こちらが興味を向けたアイテムの説明を玲子さんは丁寧にしてくれます。「これはね」と始まる言葉には、それぞれにエピソードがあり、玲子さんの「好き」というフィルターを通してここに集まってきたものであることが伝わってきます。葉山で出会ったアーティストの作品、着物の展示会のときにコラボレーションした作家の器、いつか行ってみたいと思って訪れた鹿児島の「しょうぶ学園」*1の刺繍作家の作品など、出会いやいきさつを聞いているだけで、こちらまでその作品のファンになってしまうほど、「好き」な理由に共通した何かがあるのです。

shobu.jpg

artpiece.jpg

建築家、中村好文さんの1冊のエッセイから

livingtable.jpg

 そんな玲子さんが1冊の本を読んで、その作者に惚れ込み家の建築を依頼したのが、建築家、中村好文さん*2だと聞いた時に。「あぁ、やっぱり! この家の心地良さは中村さんの作であり、玲子さんの感性に、中村さんと響く自然への親しみがあるからなのだ」とストンと腑に落ちたのです。いつか家を建てることがあったら、と夢みていた建築家の作品がこんなにも気持ちのいい空間なのかと、正直驚きました。そこにある自然と共に存在し、中にいる人もその一部だと感じられる家。運命の1冊は、中村さんの建築に対する考え、細部のこだわりなどを自筆のイラストなどを交えて執筆したエッセイ『普段着の住宅術』だったそうです。
 「この文章を書く人はすごくいい人に違いないから、すごく好き、と思って」とシンプルで素直な理由。当時、中村さんの建築作品の本はまだ出版されておらず、建築に関して執筆した本を続けて4、5冊読み、作品をひとつも見ないで決めたそうです。「家の見方がとても面白くて、読んでいると『ほら見てごらん』と言われてるような、私も一緒に周ってる気分になるんです。そういうところが魅力的な人なんだろうなぁ」と。「事務所に電話をして『すごく好きです。ぜひお会いしたい』と伝え訪ねました」。ちょうど伊丹十三記念館の建築と同時期だったそうですが、急がないという話で計画が進みました。

outsidebackwindow.jpg

 「打ち合わせが楽しかったです」とその時を思い出し声が弾みます。スタッフと一緒に食事をしたり、旅をしたり、音楽会に行ったりと、プライベートを交えての「打ち合わせ」だったと振り返ります。「中村さんは、そんな時間を通して、住み手が何に重きを置いているのかを見ていたのだと思います」と。

自然と共にあり育っていく家を愛でる暮らし

ousideterrace.jpg

 葉山の山の中腹にある家からは、庭を越して向かいの丘が借景のように映ります。「この丘が見えるように」というのが、いちばんのリクエスト。そして「家の中にいても外にいるような、大きなテントの中いるような感じに。庭に続くガラス戸も全開できるように」と。なるほど最初に足を踏み入れた時のまるで木陰にいるような感覚は、屋外とのシームレスな空間が生み出したものだったのでしょう。オープンキッチンとリビングダイニングを挟んで前後にある庭が、ひとつにつながって風が流れます。ギャラリーとして、またパーティスペースとして人の集まる家。訪れたゲストは、1階から2階へと回遊しながら、内でも外でもさまざまなところに居場所を見つけて楽しむそうです。

livingkitchen.jpg

 家のデザインに関してはそれ以外にお願いしたことはなく、すべて中村さんにお任せしたそう。外壁は建てたときはまっさらな木材だったものが、14年の時を経て、こっくりとした深みのある色に。2階にある寝室の外には、竣工当初はなかった螺旋階段がついています。「庭に出られる階段があったら楽しいかなと思って」と目をキラキラさせて語る玲子さん。暮らしながら育っていく家を心から愛でているようです。

 家の外にふと汲み上げ井戸があり尋ねると、雨水を貯めるタンクから水を汲み出すためなのだとか。「そう、これもわたしがこの家でやりたかったことでした」。機能面でのリクエストは、雨水の利用とソーラー電気。「雨が降っても、お天気がよくても、よく働いてくれる家なんです」と。中村さんの建築のコンセプトである自然と共存する家。オーダーをした玲子さん自身の「好き」は、中村さんが家に託したいことともきっと重なっていたのでしょう。

アジアの美しい布を日本の着物へと

livingkimono.jpg

 言葉やわらかいチャーミングなマダム、その軸となる部分に自分の目で「まっとうなもの」を選び取る不動の測りを持っている女性。お話をしていると、そんなふうに感じます。この20年ほど携わってきたアジアの布の仕事、そこに至るまでの人生のお話は、まさにそうして通ってきた道でした。

 子供の頃見たテレビ番組、『兼高かおる 世界の旅』*3に影響を受けて外国に憧れ、キャビンアテンダントとしてキャリアをスタートした玲子さん。結婚を機に家庭に入り、子育てをしながら、昔の仕事仲間とイタリアの生地を使ったアパレルブランドを立ち上げたのが80年代。好景気に賑わうその時代、服は売れていきましたが、世の中の価値観に疑問が生まれ、もういちど見直してそれぞれ「自分のやりたいことをやろう」とブランドを解散します。改めて選んだ道はもともと好きだった「布」のこと。そしてキャビンアテンダントだった頃から心にあった、アジアの貧しい国々のためにできることを、という考えでした。

 当時、40代の前半だった玲子さんは、JETROの開催した「メコンの国の布」というイベントを通じて、今よりずっと発展途上だったラオスやカンボジアの生産者とつながり、その年には各地を訪れその素晴らしい伝統や技術に感銘を受けます。そこで浮かんだアイデアが「日本のキモノ」としてその生地を生かすこと。最初は苦労もあったものの、その審美眼とセンスでプロデュースする着尺で仕立てる着物や帯は繊細で美しく、モダンでおしゃれ。いまの時代にぴったりのデザインに仕上がっています。まずはキモノに興味を持ってもらいたいという気持ちから、キモノの高等師範の免許も取得し、着付けの教室も葉山と東京と行なっています。

kimonoobi.jpg

 ポンナレットのキモノで使われるアジアの手織布は、自然豊かなラオスやカンボジアの工房で織られます。女性たちのこまやかな手仕事と玲子さんのディレクションがコラボレートして優美な品々となり、葉山の家のテーブルの上に並んでいます。現地では職業訓練や伝統技術の復興と継承を促し、女性の経済的な自立を支える活動へと繋がっています。そんな活動を肩に力を入れず、ごく自然の流れのように行う玲子さん。「好き」という思いの熱さとしなやかさのバランスが、なんとも心地よく素敵に映ります。

  16年前にこの場所に土地を求め、建築に1年半かけ、住み始めた葉山の家。どうしてこの家を建てたのですか?と聞くと、「その当時は『自分で全部決められるスペースが欲しいと思った』って言っていたような気がします」と、すでに過去に置いてきた記憶のようです。年に2回、庭師が手を入れるだけで、あとは来るもの拒まずにと言う庭を見ながら「アバウトな庭が好きなんです」と。「きちきちっと綺麗すぎるのはストレスになることもあるでしょ」と笑い、「中村さんの家はそういうのじゃないところが好き」だと言う玲子さん。憧れや好きをひとつひとつ積み重ねている人生、暮らし方を見せていただいたひととき。キモノを着て凜と座る玲子さんに、世界を旅して優雅に、かつ果敢に当時の日本にまだ知られていない海外の様子を伝え続けた女性、兼高かおるさんの姿がふわりと重なったような気がします。

last.jpg

interview & text : sae yamane
photo : yumi saito
coordination : yukie mori 

*1 しょうぶ学園 鹿児島にある社会福祉法人太陽会しょうぶ学園では、障害をもつ人たちの感性あふれる創作姿勢を支援し、工房・現代アート芸術・音楽を中心に創造的な活動を行う。

*2中村好文 建築家。日本の建築家の草分けである吉村順三氏(フランク・ロイド・ライトのもとに学んだアントニオ・レーモンドに師事し、日本の伝統とモダニズムの融合を図った建築家)の設計事務所に勤務したのち独立。建築家・家具デザイナー・住宅作家として活躍。様々な建物を紹介するエッセイストとも知られる。

*3『兼高かおる 世界の旅』1959年から30年間続いたテレビ番組。ジャーナリストの兼高かおるが、ディレクター、プロデューサー、レポーター、ナレーター、時にはカメラマンまでを兼ね、約150ヶ国を訪れ紹介した。

江波戸玲子 えばと・れいこ

PONNALET(ポンナレット)主宰。ラオスカンボジアの手織り布とオリジナル着尺、帯、小物などを葉山のアトリエ「PONNALET 葉山の家」を中心に日本全国のギャラリーやイベントにて展示販売。また、森田空美主宰着付け教室(日本の装美学院)認定一級をもち、着付け教室「風雅会」を開催。
ポンナレット

Life Style

Follow me!