築70余年の古民家で過ごすとっておきの鎌倉時間

北鎌倉、浄智寺谷戸の奥まった一角にある「北鎌倉　たからの庭」は、そのなんとも素敵なネーミングどおり、訪れる人の心を自然の心地よさで迎えてくれる場所です。北鎌倉駅から東慶寺側の道を鎌倉方面へ向い、浄智寺の参道に続く道を曲がると、それまでの大通りの喧噪が嘘のような静けさに包まれます。さらに緑が生い茂る裏山へと続く細い道を昇っていくと、辿り着くのが古民家を改築したシェアアトリエハウス「たからの庭」。

裏山に挟まれるようにぽっかりと開いた谷戸の入口で最初に目につくのが、煉瓦で作られた煙突です。煙突まで来ると谷戸の全体が見渡せるようになっていて、まわりをぐるりと緑に囲まれた敷地の中心にシンプルな佇まいの母屋と、先の少し高台になった場所に離れの姿を見つけます。庭の木の下ではブランコが揺れ、今ではあまり見かけなくなった井戸水を汲み上げるポンプの姿。足もとにはユキノシタが可憐に白い花を咲かせ、野草の合間からはヘビ苺の真っ赤な実が覗きます。山側に位置する北鎌倉は自然が多く、長閑な風景が広がるところではありますが、この、山間にひっそりと姿を見せる忘れ去れた里山のような風景にはちょっと驚きです。

そんな自然の趣に溢れた「たからの庭」では、敷地内のスペースを使って様々なプログラムが開催されています。広い庭に面した母屋は、アトリエの会員である作家さんたちの作品を扱うギャリー＆ショップスペースを挟み、6畳の和室と板上がりスペースとキッチンも併設された20畳の広さのホールとにわかれています。取材に訪れたこの日、和室のスペースでは和ごころ伝承協会によるしつらい講座が開催され、ホールの方では草木染めのワークショップが行なわれていました。

陶芸スペースとして利用されている離れの小屋には、昭和のころに使われていた薪窯があり、現在は「たからの窯」というネーミングのもと、陶芸スタジオとなっています。

人気のプログラムとして、「創作和菓子 手毬」による和菓子作りや、お香の講座、ヨガや気功など身体を使うプログラムもあります。ユニークなのが「みちくさ部」と呼ばれるプログラムで、これはたからの庭の敷地を巡りながら草花や木々についてのあれこれを楽しく学ぶというもの。また、まわりをぐるりと里山に囲まれた「たからの庭」は、外界からの光がほとんど届かないため絶好の星空観測スペースでもあります。「星座とワインの会」「月と暦と日本酒の会」など、おいしいごはんやお酒をお供に天体観測を楽しむプログラムも。

「ここにいると、自然と日本人らしさに気付くことができるんですよ」と話すのは「たからの庭」運営者である鎌倉古民家バンクの島津克代子さん。もともと鎌倉の古民家の保存活動をする島津さんのもとにこの浄智寺の古民家の話が持ち込まれた時、坪数にして400〜500はあるこのスペースを個人で維持するのはあまりも大変と、思いついたのがシェアアトリエのアイディア。現在は数十人の会員たちによってスペースの活用と家屋や庭の手入れがなされています。

「これだけ自然がある場所で過ごしていると、昔の日本人は何に畏れを抱き、何に祈りをささげ、何に感謝してきたのかがわかるようになるんです。自然の中には日本人の世界観がすべて詰まっていることに改めて気付かされるし、その世界観を説明するためには旧暦のほうがぴったりくることがわかりますね」という島津さんの言葉が、土に水が染込むような自然さで響きます。「たからの庭」で過ごす里山時間は、自然との対話を通して日本人であることを思い出させてくれる時間なのかもしれません。

ちなみに「たからの庭」は、ふらりと訪れても、ギャラリーを覗いたり、お庭で軽くお茶をいただいたりすることができます。また、会員でなくてもスペースを借りて使うことも可能なので、興味がある人は積極的に活用してみるといいと思います。

大切な人にこっそり教えてあげたい、そんなたからもののようなお庭に遊びに行ってみませんか？


取材・撮影　小林繭