たくさんの人の愛で復活したBar『THE BANK』

2016.11.14

前オーナーの遺志を受け継いでいく

　由比ヶ浜通りを長谷方面に向かって進むと、六地蔵の交差点付近にたたずむ特徴的な建物がある。それが『THE BANK』だ。1927年に建てられたというその建物は、もともとは鎌倉銀行の由比ヶ浜出張所として使われていたもの。それからさまざまに姿を変え、2000年からはBarとして営業。地元の人たちのみならず、遠方から訪れる観光客にも愛されてきた。
　その『THE BANK』に危機が訪れたのは2015年のこと。オーナーであり、伝説的なアートディレクターとして大きな影響力を持っていた渡邊かをるさんが亡くなり、閉店することになったのだ。そこで立ち上がったのが、2000年のオープン時に渡邊さんから声をかけられ、内装を手がけたインテリアデザイナーのWonderwall 片山正通さんだ。

「かをるさんは僕にとってお父さんのような人でした。直接こんな話をしたことはなかったけれど、かをるさんがこの建物に惚れ込んで始めたことだし、辞めたくなかっただろうなって勝手に思ったんです。世界中のいいBarを巡って、その知識が存分に身体の中に詰まっている人。その粋を集めた『THE BANK』を通してかをるさんなりの世界観を築いた。それって宝物だったと思うんですよ。多分。僕はBarに立つことはできないけれど、この器（建物）を保つことはできて、かをるさんも喜んでくれるであろうバーテンダーを探したり、常連客がここに戻ってきてくれるように力を尽くして世界観を残していくことはできる。それが僕の使命だと思ったんです」。

復活までの道のりは決して楽ではなかったものの、所有者の方と信頼関係を築き、当時の雰囲気をそのまま残しつつ、設備や厨房を整え直した。運命ともいえるスタッフとの出会いもあり、半年ほどかけてやっと復活にこぎつけたという。

「不思議なのですが、何か使命感にかられるように復活を進めてきました。でも、今思えばきっと側にかをるさんがいて、“お前やれよ”って声をかけてくれていたんだと思います」（片山さん）。

味のある店内は、銀行時代にカウンターだった大理石の台はそのまま生かし、その奥にもう一つバーカウンターが設けられたおもしろいつくり。お酒を片手に本を読む人や、バーテンダーと会話を楽しむ人、スタンディングで仲間と軽く飲む人たちなど、老若男女問わず思い思いの時間を過ごしにやってくる

懐かしくも新しい『THE BANK』の始まり

そうして迎えたレセプションは、駆け付けた地元の人たちが表まであふれるほどの大盛況。どれだけ多くの人がこの日を待ち望んでいたか、その期待と喜びが伝わる１日となった。
「先日のレセプションでは、この店は地元の方たちにすごく愛されていて、守ってくれている感じが伝わってきました。おかえりって、迎えてくれるような。嬉しかったですね。長年通ってくださっている常連さんからは、照明はもうちょっと落とした方がいい、なんてアドバイスをいただいたり（笑）。なんかこのお店って“みんなのもの”なんですよ。その感じがすごくいいんですよね」（片山さん）。

天井が高い石造りの建物は声の響き方が独特で、なんだか海外にいるよう。大勢でワイワイ飲むのもいいけれど、落ち着いた大人の社交場を楽しむのもいい

「完全にかをるさんの真似はできないので、復活だけど、ある意味新生というか。そんな気持ちでいます。今回、以前は倉庫として使っていた2階にも手を加えました。今提供できるフードメニューはおつまみ程度ですが、今後は食を充実させて、ゆくゆくは2階をバー内レストランみたいにしていきたいと考えています。ここは建物の力もあるし人の魅力もある。みなさんに愛されながら、淡々と長く続くお店にしたいですね」と片山さんは話す。

1階とは趣が異なり、日が差し込む明るい2階はこれからの展開が楽しみ

　オープン後には、初代のバーテンダーの栗岩さんが店に立ち、昔馴染みのお客様を現スタッフに紹介する姿が見受けられた。また、初めて訪れる人もくつろいで談笑していたり、よい古さや歴史を受け継ぎつつも、この土地やこの店が大好きな次の世代の人たちが集まって『THE BANK』は新しい一歩を踏み出した。そんなスタッフやお客を見守るように、店の奥には渡邊さんの写真が飾られている。葉巻を手にしたその表情は穏やかで、復活したことを喜んでいるよう。そして大好きなこの店で紡がれていく物語を楽しみにしているようにも見えた。

　この店が大好きな人たちが復活させた『THE BANK』。その愛があふれる心地よい空間と美味しいお酒を楽しみに足を運んでみて欲しい。