Brisagram! 海辺の草こよみ vol.2 

草の布のおはなし 葛布

海を臨む森のなか、季節の草に囲まれて草とともに暮らす草文化探求の矢谷左知子さんの湘南の自然の中での暮らしの一コマをお伝えします。
ヒナ作品
草の糸と布+お昼寝猫

今日はこれまでつくってきた草の布のお話をほんのすこし。

どうしたわけか、ある日突然に、野生の草から繊維をとり、布を織ることをはじめました。
いまから20年前のことです。
栽培はしない、身の周りにあるものだけでしてみる、
その作り方は人類には聞かない、草に聴く、ということだけを決めて。

「草の布」と名付けました。いまでは「草の布」という言葉も普通に使われはじめるようになりました。
身の周りに生えていてくれて、だれもがジャマにするものが素材です。
繊維の取れる草でジャマものの代表格の苧麻・葛はすぐそばにたくさん生えていてくれます。
ジャマ者、ということはすなわち成長が早く、旺盛な生命力を蓄えた存在です。
そうした草をいただいて、草に聴きながら糸つくりをし、ただただ草の布を織ってきました。

野生の草が糸になる、
草むらは布に変わる、
それはものすごくワクワクするできごと。夢中で織ってきました。
野生のもののもつ、息を呑むほどのデリケートさ、繊細で精密な波動。
人の手で栽培されたものが失ってしまった、清冽な命の飛沫のようなものを感じながら。
一本一本が異る多様な美の深淵さ、その美しさに圧倒され、野の草への畏敬の念を深く持つようになりました。
草からは、たくさんの力をもらい、教えを学んできたように思います。

IMGP4001.jpg
「INSPIRED SHAPES」KODANSYA INTERNATIONAL 掲載より

写真の作品はそのひとつ、2005年の作品、野生の葛布。
「極に住むいきものたちへ」これは地球をあらわしています。
野の葛を刈り取り、数日土に埋めて腐らせてから、水で何度も何度も洗い清めると、素晴らしい光沢の糸となります。
根っこは葛粉となり、おいしい葛もちに。糸はそのツルからつくります。
根っこと同様、洗い晒すことで白さが増し、光を内包します。
大変な労働ですが、草を洗い晒していくことは、自分も同じように清められていく感のある、爽快なこと。
繰り返し繰り返しの草しごとですが、その繰り返しには、ひとつとして同じことはありません。
そしてそのすべてが快い、細胞が喜びはねるような、そんな労働です。

葛糸
夏につくった葛の糸

そういうことを十数年続けました。
今、故あってぱた、と制作をお休みしています。
が、草の糸は毎夏飽きることなく、つくり続けています。
草が引き続き主題なことも変わりません。

これからも草に導かれるままに、草の日々を過ごすでしょう。
そして、そろりそろりと、次の制作が始まっていく時期もやがてくるでしょう。

今日は葛布をすこしだけ見ていただきました。
またの機会には、苧麻という野生の草で織った布も見てくださいね。

すいせん
庭では初水仙が咲きました

文・撮影 矢谷左知子

後日談「INSPIRED SHAPES」KODANSYA INTERNATIONAL 

book

2005年に出版された英語版の、日本のクラフト紹介本です。
当時、出版社の方にはお会いしなかったのですが、3年前知人のアトリエでの忘年会で初めてお会いした方が、実はこの本の編集責任者で、話しかけてきてくださいました。同じ海のすぐそばに住んでる同士、お互いうれしい驚きでした。
その年2005年の夏から私は制作をお休みしています。そして、その3年前の知人のアトリエは、今は私の住んでいる家なのです。
矢谷左知子 プロフィール

草文化探求 / 草の翻訳
身の周りの野生の草を主題に、草から繊維をとり糸にして布を織る「草の布」の制作を長年。近年は草をテーマに、染織はもとより食や癒、道具、暦などさまざまな草文化の探求とワークショップ、ナチュラルなグラフィックデザインの仕事などしています。
海辺の山の中の一軒家に住んで、人よりも草や小動物や星のほうが近い暮らし。海で泳ぐのが大好き。山をうろつくのも大好き、いい年をしてスラックライン(ツナ渡り)も得意です。時おり自宅「草舟 on Earth」でワークショップ
時々、逗子CINEMA AMIGOで「草ランチ」を出しています。
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