Brisagram! 海辺の草こよみ vol.3

海を臨む森のなか、季節の草に囲まれて草とともに暮らす草文化探求の矢谷左知子さんの湘南の自然の中での暮らしの一コマをお伝えします。

海からの小道　なだらかに見えますが、かなりの急坂

一回目の記事を読んでくださった方は、うすうす気がついていらっしゃるかもしれませんが、うちの庭のワイルドさはかなりなもの・・ここは海まで山道を駆け降りると3分ほどですが、うっそうとした山のなか、急坂の途中にあり、車はもちろん入れません。
引っ越しはもちろんのこと、日々の暮らしもすべての荷物はエンヤコラ、毎日飲んでいる地元の湧き水も、冬のストーブの灯油もすべて自分で担いで運びます。
海辺の山岳民。
宅急便の方も友人も皆たどりつくとしばらく声も出せず、お気の毒なことに。
私はといえば何をするにも、家を出ればまず山道。急ぎのときには駆け上がり駆け降りて、すっかり立派な山岳民族となっています。
そんな不便さのゆえに奇跡的に残っている、ここらの風景は格別で、眼下にひろがる海から、後ろの山から、いつも素晴らしい天然の力をいただきます。


海のむこうには富士山、電線はリスの道。

庭は自生のものをなるべく残し、先住の植物たちを主役にしているため、旺盛な生命力にあふれています。
その時季、それぞれの植物の盛りが次々と入れ替わり、移り変わるさまを見ていると、この地が産み出すエネルギーの様子もわかるような気がします。
でもそんな風景もこの一帯だけ、人家で言えば、実はうちくらいなのです。
ふと、お隣との境界を見てみれば、みなさんウチのギリギリまで見事に草を刈り、木の枝を落とし、、しかもお庭には自生のものは一本もありません。うちだけが鬱蒼こんもり、浮かんでいるのでした。
あらら、他の皆さまにはご迷惑なのですね、と申し訳なくもなりますが、私には、この、元からの木々や草々のバランスはどんな作庭より美しく思えます。そこをほんの少し整えるだけ。

それは植物には限りません。
虫や小動物、生き物の先住者たちは、完璧な小宇宙を周囲に整えてくれています。
でも、人はそこに、つい、大きなお世話をしてしまうのです。
このあたり一帯は海に向かってなだらかに続く南西斜面で、暖かく、多くの鳥たちの貴重な生の場でもあり、時々、庭にもキジやコジュケイが迷い込んで来ていました。
楽園がなんとか残っているこの一帯でしたが、ここ一年ほど、じわじわと開発の波が押し寄せてきて、鳥たちの営巣するヤブや草野原も、いつの間にかきれいに切り払われていきます。除草剤もそこここに撒かれます。
最近は飛べないそれらの鳥たちの声をあまり聴かなくなっています。無事かな、ここを追われて次に行くところはあるのかな、と気にかかります。
人が気がつかないうちに、多くの種は行き場を失い、ひっそりとこの星から姿を消しています。


この奥からひょっこりコジュケイの親子やイタチが歩いてきたことがあります

朝起きると、庭のみんなにおはよう、と挨拶し、しばしの間やりとりをします。
私がいる間はみんなを守るよ、と植物や虫や鳥たちに話しかけています。

ひとと、周りの生き物たちとの幸せな共生はないものかと、地味に密かに試みている、ワイルド・ガーデン。
命の充ちる小宇宙を見守っていると、こちらも満ちてくるのです。


庭から見る宇宙（ただし電線越し）


文・撮影　矢谷左知子