海亀からの贈り物2 その後のおはなし

海写真

7月の終わり、葉山の一色海岸にて
目の前に上陸してきたアカウミガメのお母さんの産卵の一部始終に立ち合い、
夜の浜で何時間かを、一対一で過ごし、
産み終えた亀さんが、しずかに、ゆっくりと、漆黒の海へ還っていくまでを見送った、あの夜・・
(前回の産卵シーンの記事はこちら
それからずっと、小さな亀の赤ちゃんが、一斉にピチピチと、大慌てで海へと走り還る、
そのシーンを想像し、心踊らせながら愉しみに季節を過ごしてきました。

その後のご報告です。

卵は産卵後、葉山のしおさい博物館、江ノ島水族館のご指導のもと、
安全な場所に埋め戻され、ワイヤレスの温度計でチェックをしながら卵を見守る、
万全の体勢をとっていました。

話しが伝わり、TV番組にも取り上げられることとなり、
現場には撮影クルーもテントを張り、その瞬間を撮影しようと待機、
長丁場の張り込みをしながら、24時間、守護神のように卵を見守り。。

多くの人たちの見守りのなかで、期待を受けて、
亀の卵は地中でどのような時間を刻んでいたのでしょうか。

夏が終わり、秋も深まり、すこしそわそわしながら、その時を待ちました。
張り込み体勢のTVクルーの方たちには孵化が始まったら、
夜中でも明け方でもご連絡いただく、ということになっていたのですが、
なにしろ、いったん地上に出てきたらワラワラと15分間ほどですべてが終わる、あっという間の出来事、と聞き、
消防隊員のようにいつでも出動できるよう、何となく気持ちの用意をしていました。
結局眠くて起きれなかったりして、、など思いながら。。

10月の中ごろ、いよいよもうすぐ、もしかしたら今夜かもしれない、との知らせに
産卵の始まりのころを一緒に見た友人も、熱い飲み物や椅子を持って、雨のなか、亀たちの居るすぐそばで待機。
しおさい博物館の方も地表と地中の温度を測りながら、何人かでその時を待ちました。
が、残念、そのときではありませんでした。

しかし、天候は、この時季としては異常な寒さ、そして長い長い降りやまぬ雨。。
あまりにも続く非情な雨に、卵が埋まっているところにシートをかぶせてあげたい、と思ったほどです。

そして、とうとう孵化のリミットである日数を過ぎたため、
専門家の立ち会いのもと、いったん卵を掘りだすということになりました。
10月20日のことです。
産卵から3ヶ月近くが経過していました。

幸い雨も止んだその日の午後、
葉山のしおさい博物館、江ノ島水族館の方たちが、ぜんぶで114個の卵を掘りだしました。
何個かでも生きていてくれたら、の皆の願いむなしく、
・・全滅でした。

学芸員の方たちが、すべての卵を切り開いていきます。
114個のうち、8割ほどははやい段階で発生がとまっていて、まさにゆで卵のよう、
黄身の状態でした。
産卵は7月の28日、8月の寒さも堪えたようです。

亀たまご

でも残りの22個は、小さな亀の形になっていました。
小さな甲羅、ヒレ、頭、、亀になってる、、!
爪もちゃんと出来ていて、あと一歩。。
まるで眠っているかのように、最後の栄養の黄身を抱いた形で、
小さく丸まったそのかわいらしい姿のまま。

たまご

亀

あと数日、
ほんとうにもう一歩でした。
寒い夏を乗り越えて、頑張ってここまで来たのに。。
最後の非情な寒さを乗り切ること、叶わず。

この数ヶ月、孵化の姿を、
おぼつかない手と足の動きで、懸命に海へ還るであろう、その姿を、
ずっと想像してきました。

その、海へ還るまで、あと一歩で及ばなかった亀の赤ちゃんたちが、静かにここに居ます。

生まれなかった命たち

その子たちがずらりと眼前に並んでいる

こんな光景は想像だにしていませんでした。

亀卵たち

あらためて、
生まれるということは、なんと奇跡であることか、
ここに今在る、わたしたちの命とはなんとかけがえのないものだろうか、
ということを、この生まれ出ることのなかった小さな亀たちの姿におしえてもらったように思いました。

もちろん、すべての卵が無事に孵って、海へ戻るのをみんなで歓声とともに見送りたかった、
泣くだろうなあ、とその時を思い描いていました。

でも、その感動と同じか、あるいはそれ以上に深く、命の根源を見せてもらうこととなったように思います。
命とはなんなのか、
この世界に生まれ出ることのなかった命は、どこへ行くのか。

海亀からの贈り物、
第二章は、命の誕生をお伝えする予定でしたが、
このような結果でした。

あの夜の浜で、
頭も撫でさせてくれた海亀の母さん、
あなたの子供たちが今ここに居ます。
ほんとうに愛おしい。
あなたの卵をこんなにもたくさんの人が、こころより応援して見守りました。
皆が近くの海での出来事に、心踊らせ、
見えない地中で頑張っているであろう、亀の赤ちゃんたちに気持ちを合わせていました。

とても残念です。
でもその時間の心充ちていたこと!
それこそが海亀からの贈り物ですね。
かけがえのない時をありがとう。

でもあなたはそういうのも超越して、ゆうゆうと彼方の海を今日も泳いでいることでしょう。

また来年、わたしたちのもとに還ってきてください。

わたしたちは、もっともっと賢くなって、
あなたたちにとって心地よい海を再生していかなくてはなりませんね。
たくさんの亀たちが、魚たちが、この浜辺をふるさとと思って、還ってきてくれるように。

海亀の母さん、
人間たちはまたあなたを待っていますよ。

埋めもどし
卵たちは数ヶ月を過ごした砂の中でまた眠りにつきました。

文・写真 矢谷左知子
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