湘南PEOPLE VOl.35 平尾香さん
2018.10.04
アーティスト、平尾香さんの描く絵は、自然や人の荒々しさや無骨さの中に潜む美しさだったり、光や風の揺らぎをイメージさせる曖昧さだったり、視覚から第六感へとそのまま伝達される不思議なエッセンスがあります。
ベストセラーとなった『アルケミスト』という本の名を聞くと、その表紙に描かれた絵で彼女の作品に触れたことがある方も多いかもしれません。実際にお会いすると、本人は柔らかな関西弁を話す、顔立ちのはっきりとした美人さん。自然の微妙を描く繊細さを想像していると、あれ?と思ってしまうほど、おおらかな笑い声と三枚目風の口調で、すぐに友達になってしまえる人懐っこさが印象的です。神戸、京都、東京を経て、10年ほど前から逗子に住居兼アトリエを構える平尾さんに、活動の様子をお話ししてもらいました。
ベストセラーとなった『アルケミスト』という本の名を聞くと、その表紙に描かれた絵で彼女の作品に触れたことがある方も多いかもしれません。実際にお会いすると、本人は柔らかな関西弁を話す、顔立ちのはっきりとした美人さん。自然の微妙を描く繊細さを想像していると、あれ?と思ってしまうほど、おおらかな笑い声と三枚目風の口調で、すぐに友達になってしまえる人懐っこさが印象的です。神戸、京都、東京を経て、10年ほど前から逗子に住居兼アトリエを構える平尾さんに、活動の様子をお話ししてもらいました。
イラストレーターとしての始まり、そしてチャンス
待ち合わせをした鎌倉のお寺に、藤色のキモノで現れた平尾さん。アザミの描かれた味わいのある帯に爽やかなエメラルドグリーンの帯揚げと海の色のようなとんぼ玉の帯締めを合わせて。苔むす石畳と木漏れ日の道に映える彩りを選んだところに、「さすがは絵心がある方!」と感心せずにはいられません。作品のお話しを聞きたいという気持ちと同時に、その着慣れた様子にキモノについて質問したくなる。平尾さんの引き出しには、何がしまってあるのだろうとついつい興味が湧き、ひとつひとつをゆっくりと開けさせてもらいました。
まずは人生の軸となっている「絵」について。その筆質の幅の広さも平尾さんの特徴です。ダイナミックに色を使う大きな作品から、旅日記のような細かい記録を綴る線画まで、感じたことを様々な表現方法で描いて行く。壁画ほどの大作を個展で披露するかと思えば、缶バッチに似顔絵を描くおちゃめな活動も楽しんでいます。
そんな彼女のアーティストとして初めの一歩となったのは、20代半ばにアフリカのマリを旅した日々を綴った作品でした。「アフリカにはまっていたのに、行ったことがなくて、ならば行って作品を作ろうと思い立ちました」という平尾さん。帰国後に個展を開き、イラストレーターとしての活動が始まります。
仕事の依頼も増え、関西で活動を続けていたのですが、やはり東京へ出て行こうと98年に上京します。時は“カルチャーバブル”の頃。その勢いに上手くテイクオフ。雑誌やCDに作品が起用され、仕事に加え人との交流の枝も広がっていったそうです。そして絵を観てくれたデザイナーの方の依頼で、パウロ・コエーリョの『ベロニカは死ぬことにした』の装画を担当することになったそうです。平尾さん独特の世界観が物語に重なり、その後続けてこの作家の本の装画を手掛けました。
本の出版がきっかけで、「飲み歩き」を極めることに
作品が世の中の目に触れる機会が増える一方で、都内に住み、イベントやクラブに顔を出す華やかな日々。お酒のある場所は人の出会う場所、そこから仕事につながることも多かったそうです。
もともと旅や町歩きが好きだった平尾さんは、自分の住む町でも新しく降り立った町でも、その土地の空気にスルリと馴染み、人々の暮らしを横目で眺めながらイラストや文章に残すことを楽しんでいました。また「たち飲み」が新鮮だった時期に、平尾さんが開催したお酒のイベント(スナックかおり)が編集者の目に止まり、お店を巡ってイラストと文章で綴る本の依頼が来て、2005年には『たちのみ散歩』、2009年には『ソバのみ散歩』が出版されます。以来、「飲み歩き」がひとつのアイデンティティとなったようです。
もうひとつのアイデンティティは「キモノ」
さてここで、平尾さんの「キモノ」という引き出しを開けてみましょう。30代初めに、「私の個展にモデルをやっている友人がキモノで来てくれて、こんな風に普段着として格好良く着られるんだな」と思ったのがきっかけだと言います。その後、先生について本格的にキモノを学んだそうです。4年間通い、最後には着付けのお免状までいただいたという真剣さ。その基礎があるからこそ、リサイクルやアンティークのキモノや帯、彩豊かな小物を自分らしく組み合わせて着ている姿が素敵なのでしょう。2017年春、桜をテーマに中目黒駅のTSUTAYAで行ったライブペイントでは、キモノ姿にタスキをかけ、壁一面に大きな桜の木を描きました。
「絵」、「飲み歩き」、「キモノ」、それぞれの引き出しが、どれも筋の通った極め方を見せる平尾さん。ほかにも「料理」や「庭いじり&畑」、「夕焼け散歩」、そして「サーフィン」まで。熱の入り方に違いはありますが、数ある引き出しから材料を取り出して表現に変えていきます。日々の暮らしや製作活動についてたずねると、「自由業やから、そんなにリズムもなく朝起きたときの気分で」と肩の力の抜け応えを。たとえば、新い画材を試してみようと筆をもち、「そう言えば、いただいたへべす(柑橘)のお礼を描こう」と筆を動かしているうちに気分が乗ってきて作品が生まれる、という流れなのだとか。なるほど直感に導かれているからこそ、絵はもちろん、興味のあることにまっすぐ向き合って深めていくのでしょう。
逗子での自然に触れる暮らしも、都内での面白いイベントも、生活の中では同列のこととして存在、どちらもあってバランスしています。だから「今、中目黒で飲んでるから」という誘いにも、逗子からフットワーク軽く出掛けていきます。
人との出会いに感謝して、つながれる場を
前々から個展のレセプションで、キモノを着て、自らセレクトしたお酒や食材を使い手料理でももてなしていた平尾さんが、ここ数年続けているのは、「スナック かおり」という活動。鎌倉や都内のお店のいちにちママとなり、キモノでカウンターに入り、お酒やつまみを出す傍でコースターにお客さんの似顔絵を書くのだとか。活動の根底には、これまでの自分が人との出会いに刺激を受けてきたように、友達と友達がつながっていい展開になればいいという考えもあるようです。
鎌倉のそば屋で隣り合ったご縁で紹介されて、携わることになった『TAGIRI LIFE』という本で、表紙の絵を描きました。宮崎の限界集落にあるリノベーションホテルと、人生の豊かさを見出そうと活動をする人々。そして、その暮らしを紹介する素敵な1冊は、移住したサーファーが中心となり出版されたものです。その海をイメージして描いた絵は、自然の優しさと豊かさ、そこに住む人々の心を映すような彩りです。旅をライフスタイルにしていたサーファーの彼が、心の1冊として長年大切にしていた本が『アルケミスト』だったというのは、偶然のようで、必然だったのでしょう。
作品にスピリチュアルな雰囲気が感じられますね、と話しを向けると、「心地よさや自然というテーマはずっとありますが、(あえてスピリチュアルの方向に)しなくてもいいかなと思っていて・・・」とピンとこない様子の平尾さん。追いかけることなく、来たものを受け入れるという姿勢で、感じたものを表現しているだけだと言います。日々の出会い、人の言葉、自然の移り変わりから、さまざま気づきがあるという柔らかさ。「模索しながら、まだまだ」と言いますが、これまで蓄えてきた引き出しの中のあれこれは、人の心を自然と動かす作品に表現されていくのでしょう。
そんな平尾香さんの連載がBRISAで始まります。湘南エリアのお酒のある風景を絵と文章でリポートする内容になるそうですが、「女性がひとりで飲んでいるシーンっていいですよね。入りやすい店や似合う店を紹介できればと思います」と言います。
interview & text : sae yamane
photo : yumi saito
coordination : yukie mori