湘南PEOPLE VOl.38 小野寺愛さん
2019.06.04
逗子海岸から歩いて5分。「うみのこ」の庭ではホースをもった小さな男の子が雨のように水を降らし、子どもたちは服をきたままビショビショになって遊んでいます。ここは、逗子を拠点に子どもと大人の遊びと暮らしをつくる一般社団法人「そっか」が運営する自由保育の園。今年4月に認可外保育施設としてスタートを切ったばかりです。「そっか」の共同代表を務める小野寺愛さんの末っ子、5歳の男の子もその中のひとりとして、楽しくやんちゃに日々を過ごしています。
ひとの生きる力を育む鍵も、世界で起こっている問題解決の糸口も、自らの足下にある。そんな考えを礎に活動する愛さんにお話を聞きました。
「あったらいいなぁ」を作ってしまおう
そもそも3年前に「晴れたら海で遊ぼう!」と近所の親子で集まるようになったのがはじまりでした。それが次第に自主保育の場となり、専属の保育士も入り、盛り上がってきた。こうなったら毎日通える「園」にしてしまおうかと立ち上げたのが「うみのこ」です。「こういう園があったらいいなぁ。ないなら作ってしまおうか。”私の子ども”だけでなく、”私たちの子どもたち” のためにみんなで動けば、きっと素晴らしいものができるはず」と思ったのがきっかけだと言います。
愛さんが携わっているのは「うみのこ」だけではなく、「とびうおクラブ」や「大人の海の学校」など、「そっか」の様々な活動です。企画して立ち上げていくのには、ずいぶん労力を使ったことでしょうと聞くと、ただ「本気で子育てを楽しんでいるだけなんです」と軽やかな声で答えます。
逗子に住み始めたのは10年ほど前。それまでは都内に住んでいましたが、長女が2歳になる頃、子育てを自然に近いところでしたいという思いと、学生時代にウィンドサーフィンのために頻繁に通っていた海への思いが重なり、夫婦共に都内への通勤を前提に引っ越しをしました。当時はピースボートで年3回の地球一周の旅を企画する仕事についていました。
ピースボートで見て来たものを地元で
ピースボートでは3ヶ月の船旅の間、訪れる現地からのゲストを船に招き、平和や環境をテーマに講座を行ったり、伝統的な舞踊を習うといったカルチャー体験を企画したりと、異文化体験や学びの場づくりを仕事にしていました。
「3ヶ月経つころには、日本に帰ったら何かしたいです!という声も出てくるのですが、非日常の体験から日常の暮らしに戻ると、生きていくためにやらねばならないこともあるし、特別な体験はいつしか思い出に。もったいないなぁという気持ちもありました」
愛さんが積極的に企画していたのは、「スタディー・ツアー」。それも、問題を見るのではなく、答えを見に行くツアーです。たとえば、貧困の現状を知るだけでなく、その連鎖を音楽の力で断ち切る活動を訪問したり、農薬の影響を学ぶだけでなく、スローフードの良さを味わいに行くといったもの。ツアーを重ねるうちに気づいたのは、気候変動や貧困、紛争といった地球規模の問題の答えとなるのは、ごくローカルな活動だということ。地道に畑をやっている農家さんや、ひとつの学校で子どもに働きかけ続けている先生など、小さくても答えを作っている人たちが世界中にいるということが、いつからか心から離れなくなりました。
「ピースボートで訪れた旅先で見て来たものを地元で」というのが、愛さんの現在の活動につながるモチベーション。スローフード*2やエディブルスクールヤード*3、もともと好きだった海や自然の中でのアクティビティもその一環でした。活動範囲が海外を巡るグローバルな規模からローカルへと移行したのは、ごく自然な流れだったと言います。
自然の中で、「食べて、つくって、あそぶ」
「そっか」とは、文字通り足下という意味と、「そっか、やっちゃえばいいんだ!」とみんなが動き出すイメージを併せもつ名前。「食べて、つくって、あそぶ」を自然の中でやってみるのが「そっか」の基本です。
「生きることの根幹を手放し、お金で買えるサービスに変えたことが、色々な問題の根元になっている気がするんです。食べて、つくって、あそぶことを、身近な自然の中で自分たちでできるコミュニティがあれば楽しいし、大きな問題の答えになるようなことだって見えてくる・・・かもしれない」 - そんな社会実験を、子どもはもちろん、大人も一緒にとことん楽しんでみる。なぜなら大人だって、見ているだけではわからないから。
活動は、そのまま彼女のライフイベントに直結しています。12歳の長女は、6人乗りカヌーと素潜りに夢中。仲間でカヌーレースに出たいと子どもたちは言うけれど、常にコーチを頼むことは難しい。だったら母親たちも子どもをサポートできるようにと練習をしはじめました。その流れからすっかり楽しくなってしまった母親たちは、今や自分たちでアウトリガーカヌークラブを立ち上げ、自主運営しています。
地図を手に森の中のチェックポイントを巡りながら20-30kmを走るアドベンチャーレースを企画した際も、9歳の次女やその友達のトレイルランニング好きをきっかけに、親たちで伴走の練習。お金をかけて安全管理を外注するのではなく、100人の親子で走りきり、ゴール地点でキャンプをした話をしてくれました。
こんな風にして、大人もつられながら自然を学び、自然の中に入っていく。「先生にまかせっぱなしで習い事をさせるより、自らも参加して地域の皆で場をつくれば、子どもが育ち、親も育つ。それがなにより、楽しいんです」
畑のようなコミュニティ
ローカルに目を向けた当初、プロジェクトを「成長させたい!」という思いが強すぎて、つまづいてしまうこともありました。「種の中にすでに芽はある。いろんな種を蒔いてみて、種のしたいように、育ちたいように応援できたらよかった」と振り返ります。「最近になってやっと、焦らずにただ種蒔きをしていればよかったんだとわかりました」と言う今は、実際に「あったらいいなぁ」が具現化され、種が次々に芽吹きはじめているところ。コミュニティーの育ちかたを畑や植物の世界と似ているとも言い、「コンパニオンプランツ」にたとえます。
「トウモロコシを植えたら、その高い茎に絡むようにマメ科を植えます。マメ科の根は周りの土に窒素を供給してくれるから。そして、その周りに地を這うようにサツマイモやカボチャがあれば、雑草が生えない。互いに支えあって立っていて、みんなハッピーでしょう?」。地域の人がつくる生態系は、ほっておけば多様性を生み、豊かになるという流れが現実に動き始めています。
農家で育てる野菜は、せっかく育てても規格外が理由で市場に出せないものが1/3にものぼるという話を聞けば、買い取って手分けして消費。ウエットスーツメーカーにつながりのあるお父さんが、大人用のハギレで子ども用ウェットスーツを製作、廉価で販売。日本料理の先生であるお母さんが子どもたちに季節の和食を教え、月に一度は調理、接客、会計までの一連を子どもたちが行う「子どもレストラン」を開催。さまざまなアイデアが集まり、ワクワクする場が広がっています。
「ひとりでは『私なんかが』と思うことでも、みんなでやれば形になる。真ん中にいる人が本気なら、できます」と確信をもって語ります。これまではその真ん中が彼女だったのかもしれません。でも少しずつ、あちこちでそれぞれの人が真ん中になるのを眺め、応援する側へとシフトしていく。その変化は、とても幸せな流れでした。
真ん中にいる人が本気なら
「地元に楽しめる場があり、仲間がいる。すると、目の前にある海や、日常の中にある小さな喜びがかけがえのないものになる。ローカルであることは、こんなにも豊かで、強い。大きな問題の答えは、やっぱり足下にあると思うんです」
彼女がこれまで携わってきた数々のプロジェクトが、どうしてこんなに見事に育っているのか、その流れを垣間見ると、「真ん中にいる人が本気なら」という言葉が再び頭の中に響きます。
人は、ひとりでは生きることができません。自然の上に地域社会があり、地域社会の上に自分がある。そのつながりを思い出せれば、大人も子どもも、すべての人に価値があることが見えてくる。すべての問題を解決できるスーパーヒーローはいないけれど、「本気になれば」誰もが役割を果たせるということも、また教えてもらったような気がします。
interview & text : sae yamane
photo : yumi saito
coordination : yukie mori
*1 一般社団法人「そっか」は、神奈川県逗子市の自然を舞台に、子どもと大人が遊びと暮らしをつくる地縁コミュニティー。子どもたちと本気で遊ぶ中で、自然や地域とのつながりを取り戻そうという活動。「黒門とびうおクラブ」「海のようちえん」「うみのこ」「大人の海の学校」などを運営、季節ごとに「この町はおいしい」が合言葉の収穫祭を実施。
https://sokka.life
*2 日本ではグルメレストランのイメージが先行しがちなスローフード。本来は郷土料理や固有種など、土地にあるものを大切に、きちんと食べようというムーブメント。1989年にイタリアではじまり、現在、世界160カ国に広がっている。
*3 エディブル・スクールヤードは、直訳すると「食べられる校庭」。米国カリフォルニアのレストラン「シェ・パニーズ」オーナーシェフのアリス・ウォータースがはじめた、畑を学びの場として、つくり食べることから人格形成を目的とする食育の活動。
小野寺愛 おのでらあい
横浜育ち。大学時代はウィンドサーフィン一筋、卒業後は外資系金融機関をドロップアウト。その後、国際交流NGOピースボートにて世界を9周し、船上にモンテッソーリ保育園を創設、運営。子どもたちと共に旅をする中で「平和は子どもからはじまる」「グローバルな課題の答えは、ローカルにあり」という答えを得て、2016年に一般社団法人「そっか」を共同設立。神奈川県逗子市の自然で「食べる・つくる・遊ぶ」活動に熱中している。
日本スローフード協会理事、Edible Schoolyard Japanアンバサダー、AMI国際モンテッソーリ協会公認アシスタントティーチャー、パーマカルチャーデザイナー。逗子在住、三児の母。
一般社団法人「そっか」
日本スローフード協会
横浜育ち。大学時代はウィンドサーフィン一筋、卒業後は外資系金融機関をドロップアウト。その後、国際交流NGOピースボートにて世界を9周し、船上にモンテッソーリ保育園を創設、運営。子どもたちと共に旅をする中で「平和は子どもからはじまる」「グローバルな課題の答えは、ローカルにあり」という答えを得て、2016年に一般社団法人「そっか」を共同設立。神奈川県逗子市の自然で「食べる・つくる・遊ぶ」活動に熱中している。
日本スローフード協会理事、Edible Schoolyard Japanアンバサダー、AMI国際モンテッソーリ協会公認アシスタントティーチャー、パーマカルチャーデザイナー。逗子在住、三児の母。
一般社団法人「そっか」
日本スローフード協会