湘南PEOPLE VOl.47 カルメン・ボルセルさん

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心を掻き立てるギターの調べに、体の奥底から湧き上がるような情熱的な歌。思いの丈をぶつけるかのごとくステップを踏み、手拍子がさらに助長する。フラメンコのステージを見たことがある人は、その熱気に圧倒された記憶があるかもしれません。スペイン南部、アンダルシア地方を発祥の地とする伝統的な芸能。歌、踊り、ギターが三位一体となって表現されるものが「フラメンコ」なのだということを、カルメン・ポルセルさんの話を聞いて初めて知り、そのコアとなるものが「愛」だということを教えてもらいました。

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バルセロナで生まれたカルメンさんは、グラナダ出身の両親の元に育ち、フラメンコギタリストの父の影響で、幼い頃から家族の集まりなどで「踊る」ということが当たり前でした。スペインといえばフラメンコと、単純につなげてしまいがちですが、実はフラメンコはアンダルシア地方の土着のもので、北の地域、バルセロナなどでは日常のものではなかったと言います。たとえば日本で言うなら阿波踊りや沖縄のカチャーシー踊りのようなもの、家族や同郷の人々が集まる宴会の席などで、誰からともなく演奏し、歌い、踊るようなものなのだそう。ただバルセロナでも、レストランでショーとして上演されたり、スタジオなどでのレッスンもあったそうです。

フラメンコが日常にある土地へ

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 大学生になり、踊ることに本気でのめり込んでいたカルメンさんは、フラメンコに専念する道を選びます。良い先生を見つけてはクラスに通い、自分の技を磨いていきました。さらに自らのルーツであるアンダルシア、フラメンコが日常の中にあるその土地に住む決意をします。「朝から夜まで、このカルチャーの中で生きてみたかった」と。フラメンコは単に演じることだけではなく、その背景にある文化や歴史、人々の感情など、さまざまなものの集大成だということを深く感じていたのです。

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 当時、20代前半、「人生を全部リセットして、ひとりになって始めたかった」という思いもあったそう。アンダルシアではセビーリャやグラナダ、ヘレスと、居場所を変えながら2年間の月日を過ごします。踊ることを暮らしの中心にできた日々、「スペインの中はみんな同じだと思っていたら、南と北では違っていた。南はゆっくりと時間が流れ、お金がそんなになくても、みんな人生を楽しんでいました」と。それは人生に歌と踊りとギターの演奏のある土地ならでは、なのかもしれません。バルセロナとアンダルシアを「東京と葉山」にたとえ、どちらにも好きなところがあると言います。

生徒とは、家族みたいなつながり

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 その後、バルセロナ、マドリッドと住まいを移し、福岡でのフラメンコ講師の仕事のために、初めて日本を訪れたのが20年前のことです。その土地で、フラメンコの歌手でギタリストの石塚隆充さんと出会い結婚します。スペインに戻り、二人は旅をするようにさまざまな土地に住み、子供を二人授かります。日本語を学ばせたいという思いもあり日本へ。東京での暮らしが性に合わず、「海の近くに住みたい」と言う彼女の言葉をくんで、ご主人が子供の頃からよく釣りに来ていた葉山に住むことが決まったそうです。

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 それから13年。最初は家の一室をスタジオにして、フラメンコを教え始めました。現在のスタジオ「コスタルテ葉山」を設けて2年が経ち、教室は12年目になります。当初から続けている生徒もいれば、最近仲間に加わった生徒もいます。「ここは教室でみなさんは生徒ですが、家族みたいにつながっています!」と、言葉に熱がこもります。生徒たちの顔を思い浮かべながら、「わたしが葉山を選んだのでなくて、葉山に呼ばれました。だからここにいる。フラメンコのおかげですね」と、この土地との縁を確信するかのように話します。

大事なのは気持ちを表現すること

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 教室では、踊りや歌など、それぞれの生徒に合わせて教えていきます。基本のルールや振り付けはあるけれど、大事なのは気持ちを表現すること。「フラメンコというと眉間にシワを寄せて踊るイメージがありますが」と言うと、「わたしはそんな顔をしなくてもいいと思います。踊るからといって急に変わらなくてもいい。その場にいて感じていることを全部出せばいい」。それが情熱的に見えるのでしょう。もともと家族や仲間の集いの中から生まれた音と歌と踊りのセッション、突き動かされるように踊り始めるのがフラメンコだと。「いちばん大切なのはここでしょう」と胸の中心に手を当て、「体の中からリズムをとるの。それは誰でももっている。踊りたいという気持ちがあればできる」。その胸の奥にあるものを彼女は「愛」だと言います。

フラメンカという道に生きる

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「フラメンコはあなたにとってどういうものですか?」という問いに、迷わず「人生です」と答えるカルメンさん。舞台に立って演じているときだけでなく、朝起きた時から夜寝るときまでフラメンコに生きているのだと。「フラメンコのほかにしたいことがない。もちろん晴れた日に海に行くのも好きだし、楽しいことはたくさんあります。でも魂の深いところで探したいものや、会いたいもの、何でもフラメンコの中にある。わたしは死ぬまでフラメンカなのです」。
 じっくり話を聞いているうちに、「道」という言葉が浮かびました。たとえば茶道、柔道など、道とつくものをしっかりと歩んでいる人は人生がそれと重なるように、フラメンコという道に生きている、それがフラメンカなのだと。これからのことを聞くと、「先のことは考えていません。考えてもわからないから。わたしの人生は決まっていない。フラメンカとしての人生があれば、どこでも生きていても大丈夫。気持ちで動くことが大切だから」と。

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 カルメンさんに教わるのはフラメンコという芸能だけではなく、人生そのもののあり方。ひとつの道に生きること、愛をもって気持ちを大切に生きること。わたしたち日本人にとって感情を強く表現することは、なかなか簡単なことではありません。でも彼女は「後ろにあるものをもっと出せばいいのに!」と。「生徒さんは、あなたに習って、踊って、心が開かれていくのでしょうね」と伝えると、「そうなって欲しいです」と胸の奥からの言葉で応えてくれました。
 
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interview & text : sae yamane
photo : yumi saito
coordination : yukie mori 

カルメン・ポルセル

スペイン、バルセロナ生まれ。グラナダのフラメンコギタリストであった父の影響を受け、子供の頃から踊り始める。1995年からバルセロナのタブラオ(飲食店)で演じ手として踊るかたわら、ラ・タニ、エル・トレオアカデミーで講師を務める。2000年以降2年間に渡り、福岡のイベリアクラブで講師を務めるために来日。現在は葉山在住。全国のフラメンコライブ等に出演する。葉山町にてフラメンコ教室“ラス・モナス”主宰。
コスタルテ葉山
フラメンコ教室
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