湘南PEOPLE VOL.26 広瀬裕子さん

鎌倉に暮らすこと、その先にあるもの

鎌倉在住のエッセイスト、広瀬裕子さん。著書である『できることからはじめています』(文藝春秋)、『まいにちのなかにオーガニック』(地球丸)など、丁寧で心地よい暮らしを言葉で伝える一方で、こころとからだ、目に見えるものと見えないものなどを大切に思い、それを表現されています。広瀬さんのつむぎだす言葉は、美しく、優しく、それでいて確信をつくものばかり。ここ数年は執筆活動のほか、鎌倉を中心にワークショップやお話会を主催するなど、「場」をつくるご活動も。

2012年に出版された葉山在住の禅僧、藤田一照さんとの共著「あたらしいわたし(禅100のメッセージ)」では、いち早く禅の思想や坐禅を紹介するなど、豊かさの本質を問うべき著書を数多く出版されています。2011年の震災以前は葉山に暮らし、その後四国へと移住。そして3年前、鎌倉へと移られた広瀬さんの毎日はいたってシンプル。

日々の暮らしを丁寧に過ごす広瀬さんに、鎌倉での暮らしについて、そしてこれからのことについて、お話を伺いました。
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まっさらな状態で、一日をスタート

ー 鎌倉での日々は、いわば日常ということになると思いますが、広瀬さんはどんな一日を過ごされていますか?

広瀬 すごくシンプルな毎日です。朝起きたらまず、白湯か水を飲みます。それから猫の世話をして、植物に水をあげ、紅茶をいただきます。紅茶は単に淹れるのではなく、こころ静かに淹れることを大切にしています。できるだけまっさらな状態で一日をスタートさせたいと思っているので、この時間は私にとってとても大切な時間。朝の過ごし方で、その日一日の充実が変わってきますから。そうして、原稿にとりかかります。夕方は散歩がてら買い物をしたり、友人とお茶を飲んだり、時には友人と夕飯を食べたりして過ごします。

ー 朝の一連の流れは、禅を連想させますね。穏やかな毎日のなかで、例えばイヤなことが起こったり、バランスが悪くなったらどうされますか?

広瀬 気分転換には散歩に出掛けます。鎌倉というまちの不思議なところは、歩いているだけで元気になるところなんです。由比ケ浜通りを通ってレンバイで買い物をし、いつも行くカフェでお茶を飲む。それだけで回復していることが多いですね。笑
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photo by yuko hirose

成熟した“まち”、鎌倉

ー 先ほど、鎌倉のまちについてのお話が出ましたが、実際に住んでみていかがですか?

広瀬 鎌倉はすごく居心地がよい場所ですよね。様々なことがとてもいい状態で組み合わされていると思います。鎌倉にきてからイヤだと感じたことは一度もないですし…。

これまで色々な場所に住んでいますが、鎌倉に住む人たちは精神的にとても成熟している気がします。例えば、信号のない横断歩道ではほとんどの車が止まってくれるんです。気持ちに余裕があるんでしょうね。また、それはきっと歩くことを重視したまち、ということも影響しているのではないでしょうか。車中心の町は歩く目線での思いや文化が希薄になる。鎌倉は歩いている人が多いですからね。歩けるというのは、大事なことだと思います。

ー なるほど、人々の移動手段によって、そのまちの雰囲気や佇まいが変わってくるということですね。
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photo by yuko hirose

「言葉」と「場」、そしてその先にあるもの

ー 広瀬さんのいまの関心ごとや、熱中されていることについて教えてください。

広瀬 ひとつは言葉のこと、でしょうか。これまで「書く」という仕事をしてきましたが、言葉の捉え方が変わってきたように思います。言葉ってすごく身体的なものなんだな、ということがわかってきたんです。その身体的な言葉をどういう風に扱うか、どういう風に付き合うか、ということに、いまはとても興味があります。具体的には、きっかけがあり俳句をはじめたり、友人たちと「ことばをよむ会」などを開催したり、今までとは少し違うことをしています。言葉というのは、声に出すことでずいぶん印象が変わります。
目で見る文字というのと、音としての言葉というのに興味があるので、それをどうやって楽しむかということですね。

もうひとつは場を持つことと、その場を使って何をするか、ということです。いまは鎌倉と、香川県の仏生山でもワークシッョプをしています。

ー 言葉のことと、場をもつことというのは、広瀬さんのなかではある程度つながりあっているのでしょうか?

広瀬 そうですね、同じです。表現方法が違うだけであって、私のなかでは同じ意味合いです。

ー その先にあるものって何でしょう。

広瀬 なんでしょうか(笑)。なんだろう…。
生きていることの歓びや、美しさみたいなものって、一瞬一瞬の積み重ねだと思うんです。それをどういう風に経験していくか、自分が受け取ったものをどうやって次に渡して行くか、ということだと思います。私が経験していることは、私の意志だけでやっていることではなくて、やはり経験させてもらっている、ということもあるので、それをどう次に渡していく、ということかな。

ー そのバトンを渡す、ということが“場を持つ”ということ?

広瀬 そうですね。場を持つとやりやすいということがひとつあります。それはどこでも良いという訳ではなくて、自分が良いと思った場でやりたいという想いがあるんです。

例えば、以前鎌倉山の集会所で開催した独立研究者(数学者)の森田真生さんのお話会も、堀部安嗣さん設計の建築で、というのを大切にしました。私が森田さんのことを偶然知り、この人すごい!と思う。でもそれだけでは終らなくて、それを私が誰にどういう風に渡して行きたいかと考える。みんなが心地よく話に共鳴できる場はどんなところだろう、とさらに考えながら探って行く…。

ー すごく尊いことをされていらっしゃいますね。

広瀬 活字にすると、そうでしょうか(笑)。でも私は好きでやっていることなので。
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photo by yuko hirose

ひとつひとつの透明度をあげてゆく

ー 広瀬さんは新しい切り口や捉え方を考えたり、ステキな人やものに敏感でいらっしゃると思うのですが、ご自身でも常にアンテナを張っていらっしゃるんですか?

広瀬 アンテナを張っているという感じはないですね。情報収集もしないです。
とくに知りたい知りたい、という訳でもないですし。たぶん、素直に興味があるものに反応しているのだと思います。

ー よく言われることですが、この情報過多な現代社会のなかで、一方でそれに疲れている人も多いと思います。広瀬さんのように、情報に流されないけれど、自分が得たいと思う情報を得るためのコツって何でしょう。

広瀬 本当に自分が何を知りたいか、ということを明確にすること、でしょうか。情報ってたくさん入ってきても、身体はひとつだから、いくら情報をつかんでもできることはひとつなんですよね。あれもこれも、と思わないことなのかな。

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ー これからやっていきたいこと、などありますか?

広瀬 自分ひとりではできないことを、誰かとともにやりたい、と思っています。好きなことを気の合う人たちと創り上げる、ということをもっとしていきたいです。それを大きくしていくのではなく、ひとつのことの透明度をあげるというか、光度をあげるというか。広くたくさんではなく、自分がやりたいと思った数少ないものの透明感を増して行く、ということをやっていきたいですね。

仏生山では「縁側の編集室」というのを立ち上げたので、鎌倉でできないことは仏生山でやっていきたいですね。ことばをよむ会も、これからは、様々な場所で開催できたらと思っています。

ことばをよむ会は、時間の密度がとても濃くなるんです。私は時間を1時間は1時間と思っていなくて、時間は感覚的に30分にもなるし2時間にもなると捉えています。ことばをよむ会はそれを感じられるんです。声は、こんなにも身体とこころに響くものだと、やってみると体感できるんです。何でもそうですが、やってみないとわからないですね。

ー 身体で感じることを大切に、ということですね。

広瀬 身体は正直ですからね。今までは(ことばをよむ会を)友人たちだけでやっていましたが、自分のなかある程度確信ができてきたので、もう少し大きいところ、友人以外の方たちともやっていいと思っています。


ー 最後に今後のご予定など教えていただけますか?

広瀬 12月18日(日)に、先ほどもお話した鎌倉山の集会所で森田真生さんのお話会の2回目を開催します。あとは、2月2日に新しい本がオレンジページから出る予定です。


白を基調とした、居心地の良い広瀬さんのご自宅ですすめられた今回のインタビュー。
黄金色に光る美味しい紅茶たっぷりと淹れてくださり、こちらの質問に対して、ひとつひとつ丁寧に、言葉を選びながらお話してくださった広瀬さん。暮らしが人をつくり、人が暮らしをつくる…。そんなことを感じたひとときでした。



(撮影・井上七実、取材/文・富岡麻美)
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広瀬さんの近著「50歳からはじまる、あたらしい暮らし」
[広瀬裕子さん]

東京生まれ。エッセイスト/編集者
こころとからだ、日々の時間、食べるもの、つかうもの、人との出会い、目に見えるものも、見えないものも、大切に思い、表現している。著作に『できることからはじめています』(文藝春秋)、『まいにちのなかにオーガニック』(天然生活ブックス)、『この世界にようこそ』絵・アリシア=ベイ・ローレル (ミルブックス)。近著に『50歳からはじまる、あたらしい暮らし』(PHP)など。
黒ねこと海のそばで暮らし中。

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※ワークショップなどのお知らせは広瀬裕子さんHPをご確認ください。
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