湘南PEOPLE VOl.36 末吉里花さん

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BRISAで末吉里花さんを取材させていただいたのは2011年の秋、それから7年の月日が流れ、再びお話を聞く機会が訪れました。里花さんは今、当時始めたばかりだったフェアトレードの活動からさらに歩を進め、エシカルという活動に力を注いでいます。2015年には自らが代表となり、一般社団法人エシカル協会を立ち上げ3年、少しずつその活動が広がり、全国的な動きとなり始めています。「エシカル」とその背景にある思いをうかがってみました。

「エシカル」とは?

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 「エシカル」という響きは、まだ日本の多くの人にとって馴染みのあるものではありません。英語で「倫理的な」「道徳的な」という意味をもち、「私たちの良心と結びついていて、人や社会、環境に配慮されている」ということを表します。その言葉のもとに里花さんが取り組んでいるのは、暮らしのひとつの営みである消費についてです。「エシカル消費」に着目して、社会の抱える問題、たとえば地球の温暖化にまつわる気候変動の問題、人権問題、貧困問題、生物多様性の損失などさまざまな事象に、わたしたちひとりひとりが取り組むことのできるチャンスを伝えていくという活動です。また消費者だけでなく、商品やサービスを提供するブランドや企業に「エシカル」を伝え、働きかけをすることで、消費者と生産者をつなぐ役割もしています。

日本人の古くからの精神性につながる

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里花さんは、ニューヨーク生まれ、日本、タイ、北米、そして日本と幼少期から大学までをグローバルな環境で過ごし、卒業後にはテレビ番組『世界ふしぎ発見!』のミステリーハンターとして世界中を旅してまわったという経歴。社会問題に取り組むという意識の高さに敬意を感じつつ、パキッとしたキャリアウーマンのイメージを想像していると、いい意味で期待を裏切られます。代々鎌倉に住む家族の中で育った里花さんは、さすが「鎌倉っ子」という自然体。一方で、言葉を選び丁寧に話す様子には聡明さがチラッチラッと見え隠れする。そのバランスがなんともいえなく魅力的です。

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 幼少期から異文化の中で育ったことは、今の活動にどこかで影響していたのでしょうか? 「小さい頃、日本の常識は世界のものではないということを知りました、でも日本人らしさをその中で大切にしていきたい」と。そして「日本人らしさって何だろう?」と考えるようになったそうです。エシカルの活動を始めてみて、実は「エシカル」とは古くから日本人が大切にしてきた「お互い様、お陰様、もったいない、足るを知る、良いあんばい、お天道様が見ている」という精神性につながっていることに気づいたのだと言います。改めて「私は、こういう日本人のDNAにある考えを世界の人々に伝えていける」と。子供の頃からの思いは、月日の流れを経てつながっていったのかもしれません。

 ただ最も影響を受けたのは、社会人になりプライベートも含め75カ国を旅した経験だと言います。『世界ふしぎ発見!』の旅先は秘境も多く、あらゆる国を巡ることで自分なりにひとつのことが見えてきました。それは「一握りの利益や権力のために、美しい自然や弱い立場の人々が犠牲になっている」ということ。大人が冷静に考えれば、その構造はすでに知っているはずだったと自責の念も含めて。そんな彼女に人生のターニングポイントが訪れます。2004年に番組の収録で訪れたアフリカの最高峰、キリマンジャロへの登頂でした。地球の温暖化によって2010年から2020年の間に完全に溶けてしまうと科学者たちから予測されている山頂の氷河を観察しにいくのが目的。高尾山登山の経験しかなかった彼女にとって、6000m級の山はかなり過酷な体験でした。

キリマンジャロ山頂で心に決めたこと

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 里花さんは、登り始めて1900mの地点で植林をしている小学生に出会います。子供達は「どうか氷河が大きくなりますように」と祈りを込めて1本1本を植えていました。雪解け水は命をつなぐ生活用水の一部でもあり、氷河がなくなっていくことを彼らは知っていたのです。「僕たちはあの高い山には行けないけれど、お姉ちゃんは行って見てきて!」と見送られ、いよいよ山頂に近づくと、氷河はほんの1割しか残っていない。その光景を見て、ひどくショックを受けたそうです。先進国に暮らす自分たちの生活が、回り回って影響を及ぼしている。どうしようもない気持ちとともに、その山頂で強く決意をします。「世界で起きていることを日本の人たちに伝え、できれば改善に導けるような活動をしていきたい」と。それから10数年の月日を経て、思いは実現されていきます。

 さらに時代がその動きを後押しし始めました。「地球規模の社会的な問題を解決するには『エシカル消費』は有効な手段になってくるだろう」。そう提唱する東京大学名誉教授の山本良一先生に指導を受け、消費者庁がエシカル消費を日本の国民に広げていくための日本の定義をつくり始めるタイミングとも合い、里花さんは「倫理的消費」調査研究委員会のメンバーにも入ることができました。この3年で時代がガラッと変わったと言います。実は、2021年には中学校、2022年には高校の教科書の指導要項の変更に伴い、教科書の中に「エシカル消費」という言葉が使われる予定です。エシカル協会には、学校などからの講演の依頼が増えているそうです。「子供達が当たり前のように、『エシカル』であることを学ぶ日がそこまできている」と。

 トレンドではなくて、ずっと育んでいけるもの。エシカルを日本の文化として広めていきたい。30代の後半からの数年は、「エシカル」を世に知らせる活動に全力を注いできました。ほどんど自分の時間はなかったといいます。好きでやってきたことだし、「なによりタイミングが大切。この考えを広めるためのベース作りをするのは“今”だ!」と。14年間、少しずつ種まきをしてきたものが、組織となり、やっとひと段落しつつあります。「今は少しだけ自分の時間を見つけて、行ったことのない南米にも行ってみたい」と、ほんの一瞬の間がありますが、まだまだ大海に漕ぎだした船の道先案内は続きそうです。

心にエシカルの種をまこう

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 この日は、11月の終わりとは思えないほどに日差し降り注ぐ暖かい日でした。由比ヶ浜の海岸を歩きながら、今年の夏にこの浜に打ち上げられたクジラの話に思いを馳せます。小さいころから親しんだ浜、シロナガスクジラの赤ちゃん、胃の中から発見されたプラスチックごみ。その様子を「クジラからのメッセージ」として大切に受け止め、神奈川県が対策に前向きに取り組む旨を発表したことを話してくれました。鎌倉のある神奈川の環境への意識の高さは、日本でも有数かもしれません。海と山、自然のある鎌倉は、里花さんにとっていつでもベースとなる特別な土地。
 「講演などでお話をしにいくときは、『種を植えてこよう』と思っています」。芽が出る人もいるし、出ない人もいる、人それぞれだから、、、、でも、「心にエシカルのタネをまこう」ともう一度、少女のように呟きます。その瞳には自然を見つめる澄んだ光が宿っています。人間だけではなく、自然環境にとって何が大切か、「エシカル」な里花さんの思いの種は、同じ瞳をもつ子供達の心にまかれ、そこからどんどん芽を出し、新たな花を咲かせていくのでしょう。

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interview & text : sae yamane
photo : yumi saito
coordination : yukie mori

末吉里花 プロフィール

一般社団法人エシカル協会代表理事
日本ユネスコ国内委員会広報大使

慶應義塾大学総合政策学部卒業。TBS系『世界ふしぎ発見!』のミステリーハンターとして世界各地を旅した経験を持つ。日本全国の自治体や企業、教育機関で、エシカル消費の普及を目指し講演を重ねている。著書に『はじめてのエシカル』(山川出版社)ほか。東京都消費生活対策審議会委員、日本エシカル推進協議会理事、日本サステナブル・ラベル協会理事
一般社団法人エシカル協会
今後の講演予定。2019年1月30日開催
神奈川県主催シンポジウム

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『はじめてのエシカル』(山川出版社)末吉里花著
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