湘南PEOPLE VOL.42 竹下由起さん

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日曜日の午後、ラジオのスイッチを入れると聴こえてくる「芳ばしい声」。背中のツボをギュッと指圧されるような気持ちよさのあるその声の主は、湘南ビーチFMのラジオパーソナリティ、竹下由起さん、往年のハリウッド女優を思わせる華やかな美貌から飛び出すサバサバしたトークが小気味好くて、思わず聞き入ってしまう休日のゆるりとした時間。由起さんは、なんと25年のもの間、毎週日曜日、6時間の番組『SHONAN BREEZE』を担当しています。20代に関わり始め、人生の長い時間を費やしてきた「ラジオ」にどんな気持ちで携わってきたのでしょう。お宅を訪ね、お話を聞きました。

「ゼロから始めるなら面白そう」と思い

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 逗子海岸から少し入ったところに、青い空と眩しい太陽の光が似合う、サンタフェ風の白い家があります。生まれ育ちが逗子、学生時代は外の場所に住んだこともあったそうですが、人生のほとんどを海辺の近くで過ごしてきて、この家に住んでからは6年が経ちます。
 由起さんといえば、歯切れのいいトークとセンスのいい選曲のラジオ番組の顔、というイメージがすぐに浮かびます。それに加えて、逗子、葉山のパーティシーンで音楽を選曲して流すDJとしてもローカルの間で一目おかれる存在。でもそんなことを伝えると、「いやーいやいや。そんなことございません」と謙虚に笑い飛ばす様子が、ラジオで聞くあのままです。

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 学生時代は音楽学校でピアノを専攻し、卒業後はピアノ教師としてキャリアをスタートした由起さん。そのルーツは音楽ファミリーにありました。父親は銀行マンとして働きつつも、長年趣味でジャズピアノを弾いていて、弟は大のヘビーメタル好き。由起さん本人はクラッシックの道に進むも、ジャンルを問わずの音楽好きで、お宅のホビールームを覗くと壁両面にぎっしりのCDが。その数一万枚を超えるというから筋金入りです。そんな由起さんがラジオの世界と関わりをもったのは、母親の友人のご主人が、湘南ビーチFMの発起人、木村太郎さんだったご縁。逗子・葉山をベースにしたラジオ局を始めるという話を耳にして、「ゼロからやるなら面白そう、もし選曲をできるなら何でもいいからお手伝いさせてもらいたい」と、準備段階から参加。コンセプトメーキングから、どんな番組をつくるか、どんな曲を集めるか、そしてどんな人で構成するかなど土台となる部分から携わりました。

電波をキャッチするために車を走らせて

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 地元に根ざしたラジオ、音楽を中心とした番組構成をコンセプトに、1993年、コミュニティ放送として全国で3番目に開局した湘南ビーチFM。木村さんを筆頭に、葉山日影茶屋の故 角田庄右衛門さん、イラストレーター、鈴木英人さんが役員を勤め、番組の間にかかるジングルをミュージシャンのトミー・スナイダーさんが制作。みなさん逗子、葉山にお住まいでした。小さなFM局でも、これだけの著名人たちの協力があって助けられている部分が大きいと振り返る由起さん。そして何より「無から全部作り上げる作業が、めちゃくちゃ面白かった」と語ります。
 今でこそインターネットなど、色々な方法で聞くことができるラジオですが、コミュニティネット放送として0.25キロワットでスタートした当初は、逗子でもノイズが入るほど小規模だったそうです。試験放送していた時期、ワクワクと胸を踊らせ、その電波をキャッチするために海沿いの道を意味もなく車で走り回ったというくらいなので、その時の気持ちが伝わってきます。
 3時間の番組として始まった『SHONAN BREEZE』の中では、交通情報は放送中に自分で電話をかけて情報を集め、メモに書き取ってすぐに流すというように一人何役もこなしていました。地域の情報をいち早く伝えるよう努めていましたが、葉山マリーナにスタジオがあったときに、その地域は地盤が固く地震を感じられず、外から「今揺れているよ!」と言われたこともあったそう。以来、地震速報を最初に流すNHKテレビをスタジオの傍で必ずつけるように。そんなエピソードを話しながらも、「でも最近ではわたしが相撲ばっかり見ていて」といつもの「ぼけ」が飛び出し、ラジオの由起さんを聴いているときのホッと和む感覚がよみがえります。

陽の光を考えて組み立てられる曲リスト

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 「土曜日は1日中、選曲をしています」、そんな自分を「要領が悪くてパパッとできず、考えすぎてしまから」と言うけれど、ほんとうに深く練ってつくりあげる曲リスト。「6時間を同じようにやるとダレてしまうので、ただ選曲というよりは陽の光を考えて組み立てていきます。天気予報も見て、晴れたらこう、雨ならこうと選択肢をつくり、急に降り出した雨や風に合わせて曲を挟んだり」。

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イメージは“海の見える小さな店でかかっている音楽”。「冬と夏では日の入りの時間も違ってくるので、冬の時期はメローな曲が多くなってきますね」と。なるほど番組終了の午後6時は、夏は明るくまだまだ元気ですし、冬はサンセットから1時間以上あります。「言葉には出していないけれど、自分の中ではそういうイメージでかけているんです、ただの自己満足でしかないのですが」と言いますが、いえいえ、知らず知らずのうちにそれが伝わっています。まさに湘南で育った由起さんだからできること。海を眩しく照らす太陽、心地よい風、富士山のシルエットを浮き上がらせる夕日も、ラジオを聴きながら感じることができます。

いつもの声が流れる大切さとは

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 人生のほぼ半分、それだけ仕事にかけてきたのですねと言うと、「仕事だとは思っていないのかもしれません。自分の番組が好きだし、好きなことをやらせてもらえて、わたしにとってしあわせこの上ないことです」と。そして意外にも人見知りだという由起さんが、ラジオをやっていたことで色々な人に巡り会える機会ができたことをとてもありがたいと言います。番組では、地元で活躍するさまざまな分野の面白い人、素敵な人をゲストに展開するコーナーもあり、まさにコミュニティのつながりがそこから広がっていくようです。
 ラジオの可能性について話を向けると、「いちばん感じたのは、311の震災のときでした。スタッフが自主的に来て放送を続けました。停電の地域や交通状況など、地元の方に向けての情報を流したときに、コミュニティ放送ってこういうことなのかな」と実感したそうです。由起さん担当の日曜日は震災から二日目。どうやったらいいだろうと考えていたところ、木村さんから「いつも通りやりなさい」と言われ、選曲は考え直し放送しました。世の中が揺れ動く中、いつもの声がいつものようにラジオから流れたことで、多くのリスナーから「よかった」という声が寄せられました。そこに「当たり前」のある大切さを感じたそうです。

 日曜日の午後、あっと思い出して、78.9にチューニングすると、ゲストにツッコミを入れているいつもの声、午後4時頃を過ぎると「舌が絡み出した」なんてジョークを飛ばす声。ラジオの向こうののどかな様子になんともいえない安堵感。由起さんは「好きなことが仕事になって、それを聴いてくださる方がいるのがしあわせ」だと言いますが、まさにそのお福分けのような番組。いまや湘南だけでなく、日本中、海外にまで、「海を感じられるおしゃれなFM局」としてファンをもつ湘南ビーチFM。コミュニティのホームベースのようなラジオ局を縁の下の力持ちのように支える由起さんに、これからも期待しています。

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interview & text : sae yamane
photo : yumi saito
coordination : yukie mori 

竹下由起 たけしたゆき

湘南ビーチFMラジオパーソナリティ。逗子生まれ。高校時代よりピアノを専攻。
大学卒業後は音楽教室でピアノを教える。93年に開局した湘南ビーチFMに、立ち上げの際から携わる。
毎週日曜日12:00-18:00放送の『SHONAN BREEZE』を担当。
湘南ビーチFM
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