湘南PEOPLE VOl.45 百木静音さん

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バスターミナルのある賑やかな東口に対して、地元の人の間では「裏駅」で通っている鎌倉駅西口。江ノ電と隣り合わせた小さな改札は、のどかな佇まいで、どこか懐かしい鎌倉の風景を残しています。そこから鎌倉市役所を左に見ながら道を進んでいくと、いくつものトンネルが連なり、側道の緑の風景はどんどん色濃くなってきます。ちょうど長谷の大仏様が背負う山の向こう側に当たる辺りが、この日訪れたビーガンレシピ・プロデューサーとして活躍する百木静音さんの生まれ育った地。山の中腹に拓かれた住宅地はハイキングコースになっている山道からほど近く、その一角、待ち合わせをした公園は初夏の樹々の生命力に溢れていました。自らが主宰するビーガン・スイーツのブランド「GUGGA(グッガ)」の品々が入った袋を抱えて静音さんが登場しました。

食に対する意識が高まる昨今、菜食を中心としたベジタリアン、ビーガン、ペスカトリアンなど、さまざまな食のカテゴリーがうたわれるようになりました。その中で「ビーガン」の定義は植物性のみ、つまり動物性の素材を使っていないというもの。そういった様式の食を提案する人物ということで、「ストイック」というイメージを無意識のうちに抱いていたのかもしれません。けれど静音さんに会った瞬間そんな緊張感は解けて、自然体な話し方の中に寛容さがあり、根底に粛粛と流れる芯の強さ、正直さ、そしてとても優しい愛に溢れた感じが伝わってきました。

祖父母が「母」、母が「父」の役割を

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さて、「ビーガン」の話に入る前に、静音さんの家族のことを少しだけ。きっとそのことを知ることで、彼女が何を目指し、実践し、育った環境からの影響を栄養にして今があるのかということに、親しみが持てるかもしれません。

 鎌倉で生まれ、祖父母、母、姉と共に暮らしていた静音さん。かつて銀行員だった祖父は、仕事の都合で米国、サンフランシスコに渡り、母はその地で幼少期を過ごしました。大学時代から禅やヨガを実践していた祖父はその後、尊敬する師が住職を勤める円覚寺のある鎌倉へと居を移します。通訳として活躍する母が、一家の大黒柱として働きに出ていた家では、祖父母が「母」、母が「父」の役割となり、育ててもらったと言います。科学が好きだった祖母の影響もあり、子供の頃から海洋や宇宙、深海に興味をもっていた彼女は、海洋学と天文学が専攻できる大学のあるハワイのヒロに留学をします。

 ハワイでの2年間が過ぎ、3年目を迎える頃、祖父の急逝により日本への帰国を決意します。「いちばん近くの存在がひとり亡くなり、遺された祖母を思うと、日本にいるのが私のタイミングなのかと思いました」と。大学3年で編入をしたのが淡路島にある大学。そこでは農学を専攻し、フードサイエンスを学びました。当初の思いとは大きく方向転換した静音さん、ハワイにいた頃の話から紐解いてみます。

「ビーガンが正義ではないから」

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 そもそもビーガンと出会ったのは、ヒロで住んでいた家のルームメイト7名が全員ビーガンだったのがきっかけです。祖母の作るご飯で育った静音さんは、「食事は最後まで残さず食べることに意味がある」と何でもバランスよく摂っていたので、最初は「ビーガン?何ですかそれ?」という気持ちでした。ただ、そんな仲間との生活に身を置くうちに、「みんなが美味しいものを作ったり、気持ちも体も楽に感じたり、体のサイクルがよくなってきたり」と、自然と自分自身もビーガンの食生活になっていきました。

 ヘルシーだけれど、ポソポソとして味気ない料理のイメージのあったビーガン料理が、工夫次第で幅広く美味しく作れることに気づき、ならば、と祖母がいつも作ってくれていた料理の味をビーガンで再現しよう、とチャレンジします。「ビーガンの原材料を使ってレシピを生み出すのは、化学の実験のようで楽しくて」とその頃を振り返ります。食への興味がどんどん募ってきた時期の帰国、サイエンティストとして一歩を進めていた静音さんにとって、次の学びの場として農学部を選んだのは自然のことだったようです。

 専攻したフードサイエンスの学科では、栄養学とサプリメントなどの知識を学び、食についてのエッセンスを習得します。そして「教授からいちばん学んだこと」と言うのが、「その道に精通した人は、良いところも悪いところも把握しておかなければならない。プロフェッショナルの進むべき道では、やっていることへのプライドをもつことと、悪い面も常に頭のどこかに置いておくこと」だと。今の活動の原点には常にそれがあります。

 ビーガンについて話を向けると、いい面の対局にあることをまず明確にします。「ちゃんとした栄養の知識をもっていたほうがいいかと思います」。動物からしか摂れないビタミンや脂質もあるし、それぞれの体に合った栄養バランスも知っておく必要もある。また、健康的な理由、宗教的な理由など、色々な理由があるなかで、動物愛護などの理由で、そうでないことを否定するビーガンも自分にはしっくりこないと正直に語り、「ビーガンが正義ではないから」と穏やかに言葉を強めます。

「GUGGA」というカテゴリーを目指して

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 GUGGAのクッキー類、グラノーラ、チョコレートブラウニー

大学を卒業後、ケータリングのオーダーを受けることから始まり、自然の流れで焼き菓子の卸しという方向に向かいました。「GUGGA」のプロデュースの現場でもベースとなる視点を大切にしています。だからこそ「様々な食生活の中で選択肢のひとつになれば嬉しい」と。

「たとえば、昨日は食べ過ぎたから今日は朝ごはんはGUGGAのクッキー1枚にしようとか。ビーガンって、こんな風にきもちいい食べ方ができるんだとか」、食生活を整える際のオプションとして浮かんでくるものとなればいい。「ビーガンというカテゴリーというよりは、『GUGGA』というカテゴリーになっていきたい」のだと言います。

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開発に携わったガトー・ド・ボワイヤージュのヴィーガンライン"Las Olas"

 商品を作っていく中で、味においてのひとつのこだわりがあります。それは「自分の好きなフレーバーしか作らない」ということ。商品を考案する際、レシピは無限大に広がります。ついマーケットの需要を考えてしまいがちな自らを律するかのようでもあります。そして「自分が気持ちよく美味しいと感じたものは、後悔しない。自信のあるものなら、たとえお口に合わない方がいても、好きな方は好きでいてくれると思えます」と。そんな率直な言葉には思わず「そうよね!」と頷けます。ただ「お客様にとっては選択肢のひとつだとしても、わたしは『選択肢』だからブレてはいけない」ときっぱりと言う様子に、ハッとさせられます。

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辻堂のドッグブランド「THE DAYS」からの依頼を受けて考案した穀物や野菜などで作った植物性のヴィーガンドッグトリーツ

いちばん身近なものを見つめることも大切

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 ひと言ひと言をていねいに選んで話し、自分の考えをしっかりと伝えつつも、そのほかの考えや世界を受け入れる姿勢。27歳という年齢の自らを「若造」と笑いますが、瑞々しさの中に達観した何かが光ります。それは母と祖母の影響が大きいのかもしれません。ふたりに共通していたのは、やることにプライドをもってやる。やり始めるだけでなく、やり続けるということ。「それが言葉ではなくて行動でわかり、自分を振り返ると恥ずかしく思うことがあります」と言う静音さん。

カーレーサーになりたかったという夢を語りつつも、母と自分達、2回の子育てを経て主婦歴60年だった祖母の「それでも主婦でバーバはしあわせ」と言っていた姿が格好良かった。「今ある自分を愛することは祖母から学びました」と。そして今、社会人として歩みはじめてみて、母の思いを理解し、感謝の気持ちが溢れてきたと話します。

 ビーガンがにわかに脚光を浴びる中で、静音さんが胸に抱くのは「今に終わるものにはしたくない」という思いです。そもそも日本の素晴らしい食文化を振り返ればビーガンに近いものはたくさんあります。いちばん身近のものを見つめることもまた大切。初心忘れるべからずと、祖母の手書きのレシピを大切にし、自らも考案したレシピは一度手書きでレシピノートに綴ります。

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 生まれ育った町、鎌倉を「山の匂いを嗅ぎながら、海が見えて、ちょっと下ると町がある。そんな土地は、なかなかないのではないかなと思います」。この土地が合っているとつくづく思うと語る静音さん。そういえば、「GUGGA」の意味は?と聞くと、「家族の中での言葉だったんですが」と微笑みながら、「子供の頃、母の友人に言われた“GOOD GIRL!”を私が“グッガ”って言っていて。みんなから“グッガちゃん”って呼ばれていたんです」。そんなネーミングにもあたたかなエピソードが宿っています。「食」のひとつのカテゴリーとして「GUGGA」がエントリーする日を目指して、静音さんは今日もお菓子を焼いています。
 
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interview & text : sae yamane
photo : yumi saito
coordination : yukie mori 

百木静音

ビーガンスイーツのブランド、GUGGA(グッガ)主宰。ビーガンレシピプロデューサー・ディベロッパーとして、植物性食材のみを使用したメニューを考案、企業へのレシピの提供を行う。鎌倉、逗子、葉山を中心に全国のカフェなどにGUGGAブランドの焼き菓子を販売するほか、犬用のトリーツもプロデュースする。この春からオンラインショップもスタート。

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