湘南PEOPLE VOL.46 西村千恵さん

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逗子、葉山で、「FARM CANNING」というと、食に敏感な人ならどこかで耳にしたことがあるかもしれません。有機野菜や無農薬野菜の生産者から規格外で出荷できない野菜を仕入れ、加工品のびん詰めの製造販売をしたり、それを使ってケータリングをしたり、畑を学びながら収穫物のびん詰め作業を実践するスクールを開催したり。畑をやってみたい人、野菜好きな人にとって、興味深い活動を主宰しているのが、逗子に住む西村千恵さんです。

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2016年に設立された「FARM CANNING」。4年の月日を経て、いまひとつのムーブメントとしてこの土地に根付こうとしています。スクールを開いていたのは湘南国際村の上にある「森と畑の学校」。ここは、千恵さんが東京からこちらに引っ越してきた頃、初めて農業体験をした場所でもあります。5ヘクタールの土地に広がるオーガニックの農園は、風が通り、空に近い光溢れる場所。温暖な気候で作物を育てるのに適しているようですが、実は5年近く前にうっそうとした里山を開墾したそうです。県からの借用期限が終了する今年、農園は場所を横須賀へと移し新たな活動はすでに始まっています。訪れたこの日は最後の収穫を待つ野菜のほかは、フィールドを草が覆い始めていました。

「もったいない野菜」を放っておけない

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「FARM CANNING」のきっかけは、ここで1年間、ボランティアスタッフとして働いた経験、そしてこの素晴らしい場所に多くの人に来て欲しいという思いからでした。千恵さんは、収穫、梱包、出荷の仕事をする中で、無農薬・無化学肥料で栽培する農業の過酷さを垣間見たと言います。「雨の日の出荷のたいへんさ。軽い葉物を100g収穫するだけでもすごい労力です。これではコストが見合わない」と思ったそうです。以前、東京でオーガニックカフェのディレクターとして働いていた経験があっただけに、有機栽培や無農薬栽培の大変さを知り愕然とします。「虫をひとつひとつ手でとっていく作業で出荷できるクオリティを保つことの難しさ、それでもめげずにやっているのを見て、真っ当なことをしているのに、なんでこんなに苦しまなければならないのだろうかと、不条理さを感じました」と言います。「3ヶ月育てたビーツが穴だらけで出荷できず、ヤギの餌になると聞いた時に切なくて」、穴だらけの野菜を使って何か作ってみるからとポタージュスープを作ったことから、びん詰めの発想へと展開していきます。

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自然がないと、思い出せないこと

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「もともとお節介心が強い」と言う千恵さん。従事する人々の労力を無駄にしたくない、「もったいない野菜」を放っておけないという気持ちで動き始めます。「働くなら意義のあることがしたい」と、ボランティアスタッフとしてではなく、農園のパートナーとして「FARM CANNING」を立ち上げ、スクールをスタートさせます。

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「一日ここにいると、人間がちっぽけなもので、生かされているということを感じます。虫も私も同じサイクルの一部だと見えてくると、自然の流れに任せればいい。来るべきタイミングですべてのものは起こり、それに従うのがナチュラルで、幸せの近道なんだと気付きました」。そして自らが東京にいたときといまを比べ、確信するかのように「自然がないと、それを思い出せないから」と話します。「ここに来て、そんな風に少しでも感じてもらえたら」と。それが伝わったかのように、スクールの卒業生の中には、畑を通して自然と触れ合い、価値観やライフスタイルが変わった人も多いようです。

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ドイツのホストファミリーから影響を受け

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春からのコロナ禍により、ケータリングの仕事はすべてストップしました。その際も農家からの仕入れは止めずに地元のお母さんたちを助ける「レスキュー惣菜」として販売をしました。「中にお便りを入れて、レスキューしたのは真面目に作っている地元の農家の野菜ですと伝えました」。そのベースにはこういう人たちがいるということを知ってもらい、この人たちを守っていればわたしたちの暮らしも不安にならないという思いが。「これを機に地元の食のつながりがもっと強くなればいい」と常にその先の展望があります。

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 ものごとを大きく俯瞰して捉える千恵さんの視点。学生の頃は国際児童福祉の仕事に就くことを考えたりしていましたが、根っこの部分で影響を受けたのは、高校のときに留学をしていたドイツでのホストファミリーの存在があると言います。元ヒッピーでベジタリアン、シングルマザーの家庭にステイして、大きくカルチャーショックを受けました。日本ではエコという言葉がやっと出回り始めた頃。「ベジタリアン」の暮らしはもちろん、ゴミの分別、水の節約、「ブロイラーの卵」に至るまで、それまで意識を向けていなかった事象を目の前に並べられます。
 人間的にとても優しい人物で、理にかなっていることを言っていたホストマザーに、ある日「なんでベジタリアンなの?」とたずねたそうです。すると「今のあなたにはわからないと思う。日本とドイツでは、環境面での社会的な変化に20年の差がある。20年後に日本もそうなっているから、そのときにすべてを悟ると思うわ」と。単に自分の健康のためではなく、その先に繋がっている世界のためにという意識は、いままさに千恵さんが伝えようとしていることなのかもしれません。
 自然食品店で働いていたホストマザーは、売れ残りのしおれた野菜を持ち帰っては、鼻歌を歌いながら料理をしてくれたそうです。決して貧しいわけではないけれど、質素な暮らしを営み、新聞も車も隣人とシェアしていたのだとか。ある日、彼女が「私は自分の人生と仕事を愛しているの」と胸を張って言うのを聞き、千恵さんは「自分の人生を生ききっている姿がとても格好良くて、自分もそういうふうに生きたい」と思ったそう。「何が心地よくて、何を選んで、何を責任をもって遂行するかを彼女から学びました」。ドイツでの時間は、生き方の本質的なことを刷り込まれた経験だったのかもしれません。

そして、20年後のいま

「いまがその20年後にあたります」とまるで予言が当たったかのような表情をする千恵さん。10年前に日本ではオーガニックやロハスが話題となってきて、「自分ではその方向に行くとは思っていなかったけれど」と言いつつも、知らない間に植え付けられた「種」は、芽を出し育ちました。そしてその種は、「FARM CANNING」の活動を通して蒔かれ、コミュニティの中で大きく伸び始めています。

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淡々と続けてきた畑の野菜の料理は、今年2月と5月に書籍という形になりました。そしてその忙しさの中で、3人目の子供を授かり新たな命が生まれようとしています。
 千恵さんが自然から教わった原理、「来るべきタイミングですべてものごとは起こる。完璧なタイミングで自然はできているから」という言葉が、ふっと浮かび上がってきます。鳥のさえずりに見守られ、畑を抜ける風に洗われて、世の中のために何ができるだろうかと常に考え歩を進めている彼女が、力を蓄え次のステージへとシフトする頃に、またお会いしたいと思いました。

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interview & text : sae yamane
photo : yumi saito
coordination : yukie mori 

西村千恵

ファームキャニング代表 東京生まれ、逗子在住。二児の母。
「もっと畑を日常に」をコンセプトに事業を展開。有機野菜や無農薬野菜の生産者から、規定外で出荷できないB級品(もったいない野菜)を仕入れ、野菜のびん詰めの製造販売やケータリングの素材として使用。一次産業をサポートする活動を行い、オーガニックやフェアトレードなどのエシカルな分野に従事するなど、食を通じて、自然と共生する持続可能な社会を目指す。また女性の身体の健康に関する仕事に携わる。都内から葉山へと拠点を移したことをきっかけに、自然の恵みをダイレクトに感じる暮らしに魅了され、2016年にFARM CANNINGを設立。著書に『野菜の時間』をまとめた『野菜まるごと 畑のびん詰め 季節のファームキャニング』(NHK出版)、『畑から生まれた野菜のいちばんおいしいレシピ』(家の光協会)がある。
FARM CANNING

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