湘南PEOPLE VOl.48 二木あいさん

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黒と白の縞模様のウミヘビが身をくねらせる姿が大写しにされた写真。打ちっ放しの壁にそのまま留められた作品は、そこに水があることを忘れてしまうくらい海の生き物の姿を造形として捉えていて、まるで何かの象徴のようにも見えます。自然界にあるパーフェクトな美しさ。眺めていると心をそっと撫でられるような心地よい作用。2019年にスペインで写真家として初めての個展を開き、この9月に東京で同じ作品によって個展を開いた二木あいさん。自らを「水族表現家」と称する彼女は、素潜りで海の中を撮影する写真家であり、海の生き物たちと共に写真に収められる被写体としても活動しています。その存在を世に知らしめたのは、世界初、ギネス記録2種目樹立を達成したという経歴。水中と陸上の懸け橋として素潜りで世界の海から発信する水族表現家は、日本での拠点を葉山に置いています。

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一年の多くを海外に行っていたあいさんも、この春は葉山に留まらざるを得ない状況に置かれました。自粛期間が過ぎてからは、朝日と共に目覚め、浜辺まで歩き、泳ぐという生活を続けて、やっと葉山に居を構えていたことの意味がわかったのだと言います。世の中の騒ぎとは別に自分のペースで過ごせるのが楽しく、瞑想をして泳ぐ、それだけでその日が気持ち良くなるというシンプルな毎日に「そうだった!こういうことが大事だった」と改めて思ったそうです。

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コロナ禍がさまざまな気づきをもたらすきっかけに

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普段から自然の中に居て比較的自由なリズムで生きている彼女は、「わたしでさえそんなふうに思ったのだから、普段都会で忙しくしている人は、より一層、外出しなくなることでそれまで外に向けていた気が内に留まって、否応なしに自分に向き合う時間になったのではないでしょうか」。ネガティブな出来事の一方で、さまざまな気づきをもたらすきっかけにもなったコロナ禍。「何よりも、毎日をちゃんと生きることが大切だということを感じた人も多かったと思います」。そして環境のことも含めて、どこか遠くにあった問題意識がずっと近いものになったのかもしれない。「ただ、外にある世界を大切にするためには、まず自分を大切にすること」とその本質を語ります。
「それまで、心のどこかで幸せは外にあると思っていたけれど、本当の意味での幸せは自分の中からでないと見つけ出せないということに気づいた人も多いかもしれません」。人間のコアな部分に語りかけて、感じてもらいたいという気持ちで活動を続けてきたあいさんは、世界中の人々に命の大切さを実感させた感染症の流行を経て、今だからこそ伝わるものがあると言います。

わたしたちは自然の一部、自然と共に生きています

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©Fabrice Dudenhofer

 マングローブの海で、あいさんより大きなワニと手を繋いでいる写真を見せてもらいました。なんとものどかな様子で、恐ろしい猛獣でさえ家族や恋人のためには優しい表情を見せることを想像させてくれる写真。そのワニに出会ったとき、まず脇腹をマッサージして、ゆっくり時間をかけて相手を驚かせず、「もういいかな」と思った時にそっと手をとったのだとか。 
 あいさんの目を通して撮影された作品は、「自分がこう撮りたいというより、自然や動物の見せたがっている姿を撮ったもの」。写真を物語として、そこから何かを感じとってもらいたいという思いがあります。一方で、あいさんが被写体として大自然の生き物と一緒にいる写真は、その中にいる彼女を通して、動物たちに出会い、海を近く感じてもらいたいという思い。その根底にあるのは、「わたしたちは自然の一部であり、自然と共に生きている」というメッセージなのです。


日本の社会から、外へと飛び出した感性

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「伝えたえい」という言葉があいさんの口から何度も出て、漠然とその内容を理解するうちに、どうしてそんなふうに考えるように? どんな風に彼女は成長してきたのだろう?という好奇心が湧いてきました。そのツールとして英語をはじめ、さまざまな言語でコミュニケーションをとるグローバルな感性はどう育まれたのでしょう。
 通った小学校は、石川県の山の上のミッションスクールで、1学年1クラス、二十数名の中に5〜6人は外国人の生徒もいて、1年生から英語を使ってゲームなどをする授業がありました。日本人と外国人という概念をもつ前にコミュニケーションをする環境下で、海外の人に対して垣根をつくらずに育ったそうです。
 中学になり公立の学校に通いはじめて、日本の社会に対しての違和感が生まれます。子供であっても「あなたは何が好き? 何が得意なの?」と個人が尊重されていた場所から、「あなたが誰であっても関係ないけれど、この『箱』に入らなければならない」と求められる日本的な社会とのギャップに馴染めません。自分の意見をもつことが大事だということを個々はわかっているのに、社会の中ではそうではない。中学の頃から、夏はアメリカのサマースクールに行き、その後の進路を考えたそうです。高校では交換留学で、フランス語圏のカナダ、モントリオールへ。さらにスペイン語圏の南米へと。


「わたしの居場所はここだ!」

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当時から「何かを伝えたい」という気持ちが大きく、「ドキュメンタリー監督」を目指した時期もありました。けれど「結局は自分の視点によって本当とは違うものになってしまうかもしれない。それはどうなんだろう?」と、行ったり来たりする気持ちで悶々と過ごした20代前半。八方塞がりになっている自分に対して「これで人生を終わらせちゃダメだ」と奮起して、子供の頃から水泳をやっていたあいさんは、直感的に「水に戻ろう」と決意します。南米ホンジュラスの海でダイビングを体験し、どっぷりと水に浸かった瞬間、「わたしの居場所はここだ!」と水中での人生が始まりました。そしてタンクを背負わず、ほかの哺乳類と同じように、人間として自然にいられる「素潜り」で海に入ることを選びます。
 大きなクジラの前に小さなあいさんが一緒に写る写真。「哺乳類は感情もあって、わかりやすい。人間より息を止める時間が長く、泳ぎも速い。なのに同じ速さで泳いでくれるのは、私を認識して嫌じゃないということです」。子育てや漁など忙しい一日の中で、その時間を割いてくれている。一緒に居ようとしてくれる意思がある。「そこから学ぶことや感じることはすべての人間ができることではないので、代わりにわたしの体験を陸上に伝えていきたい」と。



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水族表現家として、水の中と陸上の架け橋になれれば

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 今年はじめに、肩書きを「水中表現家」から、「水族表現家」へと改めたあいさん。「水中という言葉は、青い海の中に自分がひとり入っているような印象ですが、水族だと水の中の部族の一員。より海の仲間感があるように思います。人間として水の中の一員となって、彼らと陸上の懸け橋になれれば」。
 「癒しというと軽く聞こえてしまうかもしれないのですが」、と前置きをしながら「そこから『あ!』と気づくような、癒しの『種』のようなことになればいいですね」と自らの活動を見ている。自分が答えをもっているわけでも、こうして欲しいというわけでもない、ひとりの表現家として、「あとはみなさん次第で」なのだと。海の中の生き物の言葉を通訳するかのように話すあいさん。確かに彼女に触れていると、自然界がもっと近いところにあるように感じます。
 明確なビジョンをもつことや物事を成し遂げるための建設的な考え方。まるで授業を聞いているように学び取れることがあります。「すごい!」という感嘆の声しか出ないほど、普通の人の何歩も先を行っている。けれど彼女の中にも葛藤があり、努力があり、そんな中で自然に癒される体験を身をもってしているのでしょう。

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自然を「感じ取り、伝える力」が日本人にはあります

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 若い頃から日本の社会に対して違和感をもっていたあいさんですが、長年海外で過ごしたことで、違う面も見えてきたようです。「薄々とどこかで自分は日本人に生まれて来た理由が必ずあるはずだと思っていました。今は日本が素晴らしいと感じます。日本人の内側にある考え方、すべてのものに魂が宿っている。自然も動物も人間も、疫病にでさえ神様がいる。すべてに神が宿っていて、わたしたちはみな同じだという考え。日本語には意味があって、その言葉になっている。『有難う』の反対は『当たり前』。あることが難しいと言う意味で、感謝を表す。全部をいただいて有難うという意味の『いただきます』。そういった精神性が大事だと思います」と。
 「世界で、たとえばインドの人は『みんなヨガをやっていて上手なはず』というイメージがあるように、日本人は『すべてのものに魂があることを知っていて、見えないものの存在を感じられる』というイメージがあるんです」。だからあいさんが「すべては同じですよ」とか「動物はこう言っているんですよ」と伝えると、海外の人は「日本人だから自然の声が聞こえるんだな」とすっと受け入れてくれのだとか。わたしたちは対「外国」に向けて、そういった「感じ取り、伝える力」を日本人のもつポテンシャルとして誇りに思うべきだと。
 「四方を海で囲まれた島国だから、海からちゃんと伝えられるものがあります」と自信に裏付けされた笑顔を見せるあいさん。自然に寄り添いながら生きるリズムと、現代社会や世界に向けてラディカルに発信する聡明さを合わせもつ水族表現家。これからの活動にわたしたちの多くが刺激をうけ、自らを癒す種を受け取るのでしょう。

interview & text : sae yamane
photo : yumi saito
coordination : yukie mori 
二木あいさん
水族表現家。石川県出身。3歳より水泳を始め、高校卒業後にドキュメンタリー作家を目指し、アメリカ、キューバで映像を勉強。スキューバダイビングの経験を経て、フリーダイビングを始める。2011年「洞窟で一番長い距離を一息で行く」2種目でギネス認定世界記録を樹立。(世界女性初のフィン有り100m、世界初記録のフィンなし90m)。2012年TED×Tokyoにて「人と水の繋がり」をテーマにプレゼンテーションを行う。同年「情熱大陸」で取材された番組「二木あい」がワールドメディアフェスティバル金賞に。NHK特別番組「プレシャスブルー」がシリーズで放送されている。2019年スペイン・マドリッドで写真家としての個展「中今(Naka-Ima)を開催。2020年9月東京・銀座で「中今」展開催。10月には福岡で被写体となった写真展「海からのメッセージ」が開催された。環境省「森里川海プロジェクト」海のアンバサダー。九州きりしまえびの特別環境大使、mymizu アンバサダーを務める。
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