湘南PEOPLE VOl.49 加藤智美さん

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 灼熱の一色海岸、ジリジリと肌を焦がす陽射しと青い海に、くっきりと映える赤×黄色のユニホーム。真っ黒に焼けた引き締まった身体でパトロールするのが、葉山ライフセービングクラブのメンバーたちです。毎年、海水浴で賑わう7月から8月の二ヶ月間、海の安全は彼らの監視のもとに保たれていました。昨年の夏は、新型コロナ感染症対策のために開設が中止となった葉山町の海水浴場。海の家のない浜辺はいつもの夏とは明らかに違うものの、海水浴に訪れる家族連れの姿は多く見られ、そんな中にはやはり彼らの姿がありました。その中心となって、葉山の森戸海岸、一色海岸、大浜海岸、そして長者ヶ崎のライフセービングクラブの活動を率いているのが加藤智美さんです。地元葉山の海をこよなく愛し、訪れる人が安全に楽しく遊べるようにと心を砕く智美さんに、改めて話を聞いて見ました。

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一色海岸監視所前 / 2020年 

「どんなマリンスポーツでも、全部やってみるといい」

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 智美さんは、葉山ライフセービングクラブの理事長という肩書きのほかに、年間を通して海での遊びをナビゲートする「泡美」というショップを主宰しています。スクーバーダイビングのインストラクターとしての経験を活かし、海を案内するほか、小型船舶の免許更新の講師をするなど、仕事のフィールドはまさに海の達人ならでは。一見、「男勝り」とも思える逞しい活躍ぶりに興味と感心の気持ちを抱かずにはいられません。そんな彼女が「ライフセービング」という世界に足を踏み入れたのは、今から20年ほど前。偶然であり、必然の経緯だったようです。
 中学から大学まで、一貫教育の学校に通い、陸上部で活躍した高校時代。部活を引退した高校3年生の夏に、アルバイト気分で始めたのがライフセービング活動でした。好きなことをやって収入を得たいという18歳の彼女にとって、海に関わる仕事は願ったり叶ったり。生まれ育った葉山の海というのも、運命的なことだったのでしょう。その当時、代表を務めていた、故佐々治洋一さんとの出会いが、今の彼女のライフセーバーとしてのあり方の礎となっているのだと話してくれました。
  「熱い思いのある人でした」と尊敬と懐かしさを込めて語られる人物が、智美さんに伝えたのは、「どんなマリンスポーツでも、全部やってみるといい。海全体を理解できれば、お互いの気持ちや考えがわかるから」と。もともと海を遊び場にして育ち、当たり前のように泳ぎが得意だった智美さんが、マリンスポーツに積極的に挑戦し始めたのはその頃からです。その経験は、今、海を守る活動に生かされていると言います。ライフセーバーの役割は単に海で遊ぶ海水浴客を見守ることだけではなく、さまざまなマリンスポーツを楽しむ人々の安全を守り、共存へと導くことにもあります。

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 「陸上でサッカーや野球をやるフィールドは、はっきり線引きされていますが、海では、釣りをする人、サーフィンやダイビングをする人、水上オートバイに乗る人、それぞれが同じフィールドにいます」。一歩間違えると危険でもある。さまざまなマリンスポーツを知っていることで、フィールドの線引きを見極め、「これをやったらダメというのではなく、こうしたほうが楽しめて安全というところを伝えていきたい」と。

葉山の海を守る、ライフセービングクラブの活動

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 この夏、海水浴場が開設されないと決まったときに、海の家が営業しないことを残念に思った人は少なくありませんでした。さらに監視員のいない海での事故の可能性が大きな心配事となりましました。けれど暮らしと海が共にあるという意識が高い葉山町では、ほかの地域に先駆けて、町の行政が予算をとり、海の安全を第一にとライフセーバーを配置しました。自らがかつてウィンドサーフィンの選手だった山梨町長の海に対する理解の深さに加え、葉山ライフセービングクラブのこれまでの働きかけが功を奏したのでしょう。

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 「水辺の悲しい事故を防ぎ、尊い生命を守る」という目的に加え、「地元葉山でのライフセービング活動の普及と実践」ということもクラブの目的に掲げられています。事故を未然に防ぐことは、さまざまな形で海のそばに暮らす誰もができること。日常の中で海を安全に、綺麗に、楽しくしようという気持ちを育てるため、小学校で「水辺の安全教室」を開いたり、ライフセーバーの教育や訓練にも力を注いでいます。

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一色海岸海水浴場内の危険物を波打ち際から、撤去している様子 / 2019年

ひとりでも多くの人の理解と協力があれば

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 葉山ライフセービングクラグは、2000年にNPO法人となり、仕事として町と契約できるようになりました。それは人の命にも関わる活動の従事者に、きちんと対価が支払われなければならないという考えのもとです。改善はされているものの、活動資金を補うにはまだ十分ではないと言います。智美さんは10年前に26歳で理事長に就任しました。
 「ハワイやオーストラリアなど、海外ではライフガードは公務員として扱われている地域もあります」。海の遊びがこれだけ盛んになった日本ですが、まだマリンスポーツの歴史が浅く、海でのリスクマネージメントへの意識の低さに心配を表す智美さん。そんな社会でライフガードの必要性が認知されるまでには、少し時間がかかるかもしれません。ただ活動をする上で「できれば町の消防団と同じように認めてもらいたいことも」と思いをこぼします。消防団は活動中の事故や怪我に公務員同様の災害補償が適用される制度があるけれど、葉山ライフセービングクラブは、クラブで入る一般の保険で補償されるのみだと。

 海に出る人だけでなく、自分自身を含めメンバーを守るという立場から、「活動を公に認めてもらう」という基本の取り組みにはなかなか手がまわらないと言います。自分たちだけでできることは限られている、<だからひとりでも多くの人に理解して助けてもらいたい>と、声なき気持ちが痛いほど伝わってきました。自分になにかできることはないだろうか、思わず考えてしまいます。そんな心の動きが、海の近くに暮らすひとりひとりに起こることをと彼女は願っているのかもしれません。

「気持ちがあれば、誰でも参加できます」

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 現在葉山ライフセービングクラブでは、高校生から60歳くらいまでの男女合わせて100名近くが所属しています。「泳げなくてはダメとか、身体が頑強でなくてはダメということはありません。事故を発見することや沖で風が吹いているから気をつけてと注意をすることができればいい」。智美さんのご主人はかつて溺れた経験から泳げないのだそうですが、海岸の見張り用のやぐら作りを担当して、ライフセービングを支えています。「クラブメンバーからは、こんなにライフセーバーらしいライフセーバーはいない!と言われてるんですよ」と嬉しそうに語り、「ひとつひとつの活動がつながっているんです」と、誰でも気持ちがあれば参加できることを教えてくれました。
 「ライフセービングクラブのトップというと、これまでの日本では男性というイメージが強いですが、女性でトップというのはあまりないのでは」と話を向けると、「私は逆に女性がトップのほうがいいと思います。頭ごなしにならないというか」と言う智美さん。海のフィールドにはサーフィン、ウィンドサーフィン、ヨットやダイビングのトップがいて、その多くが男性。彼らと柔らかく対応できる立ち位置をよしとしています。

「いつもの服だと動きすぎるから、普段着はキモノ」

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 人生の120パーセントを公私にわたり海辺での活動に当てているように見える智美さん、けれど実はプライベートでは、キモノが趣味だという意外な一面もあります。「祖母がお針子さんだったから家にいっぱいキモノがあって」と言いながら、「着ちゃえば簡単!」とすすめてくれます。取材をしたのは年の瀬間際だったこともあり、「明日からお節作りと正月は、毎日キモノなんです」。海に出ない数少ない日、家でゆっくりするときの普段着はキモノ、「いつもの服だと動きすぎて、今日はおとなしく家事をやろうと思っていても、窓に水かけて洗っちゃったりしちゃうんです」。そして男性がスーツを着てネクタイを締める会議の際には、きちんとしたキモノで出席するのだそう。「文句を言われないための作戦です」と笑顔になり、世の中のキモノ姿へのリスペクトもよくわかっている様子です。

日頃からの備えが、人の命を救うことに

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サーフィン大会でのガードに向けてのトレーニング / 2020年

 海での業務やクラブの運営の点では厳格な一面を想像させる智美さんですが、そんなお茶目なところがあるのが魅力的で、何より、物事を俯瞰して見る目をもち、人に対して優しさをもって対応できるのが素敵です。女性として、人間として、今という時代をリードする力を感じます。そんな彼女が、別れ際にFBのアドレスを交換しようとしてふと思い出したように語ったことが、その場にいたみんなの心を震わせました。
 「SNSの力はすごいですね。実は数年前の夏に海岸沿いの道で起きた交通事故で最初に駆けつけたのが、ライフセービングクラブのメンバーだったんです。事故現場で救命の応急処置をして、駆けつけた救急隊員に引き継ぎました。そのときの方のお父さんがFBで私のことを見つけてくれて、次の夏にその方が浜の監視所まで訪ねて来てくれて」。事故当日は病院に運ばれ、ICUでご家族には会えたという情報しかなく、その後の安否を知らなかった智美さん。悲しい事故のニュースのあとで、命をとりとめ、感謝の気持ちを伝えに来てくれたことに感動したと言います。そのときの応急処置は日頃から訓練をつんでいた智美さんはじめメンバーの備えがあったからこそ。
 そんな智美さんの思いや、葉山ライフセービングクラブの活動をひとりでも多くの人に伝えなくては! 改めて、その場にいたBRISA取材スタッフの強い思いとなりました。

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interview & text : sae yamane
photo : yumi saito
coordination : yukie mori 
加藤智美 かとうともみ

NPO法人葉山ライフセービングクラブ理事長。スクーバダイビングインストラクター、船舶免許講師を務めるほか、海遊びの案内をするショップ「泡美」主宰。葉山町で生まれ育ち、地元の海をこよなく愛する。身近な海で安全に楽しく遊ぶことから、海や自然の姿を知ってもらいたいと幅広く活動をしている。
泡美
NPO法人葉山ライフセービングクラブ
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