湘南PEOPLE VOl.50 有坂美香さん

bythewindow.JPG

「歌う」という分野において、自らが演者として、またボイストレーナーとして、さらにクワイヤー※を率いるディレクターとして、ジャンルを問わず、エネルギッシュに活動する有坂美香さん。鎌倉で生まれ育ち、アメリカで音楽を学び、帰国後は音楽業界で活躍しつつも再び鎌倉に戻り、子育てをしながらライフワークのように「歌うこと」に生きています。2020年にコロナ禍という事態に置かれ1年が過ぎた今、多くのアーティストが打撃を受け、その活動に不安を抱える中で、美香さんは前向きに新たな時代を歩み始めています。春の訪れに花や木々の成長が一斉に速度を上げ始めたある日、そんな彼女の根底にある思いを聞かせてもらいました。
※クワイヤー(聖歌隊)

歌い、教えること

singing.JPG

 前回、BRISAに登場していただいたのは2016年。そこからの大きな変化としては、子供が生まれたということだと言う美香さん。おおらかな張りのある声は相変わらずで、話を聞いているとその場がパッと明るい空気に包まれます。
 アメリカ東海岸の名門、バークリー音楽大学卒業というだけでも立派なキャリアですが、帰国後はソロボーカリスト、バックコーラスとしてプロフェッショナルに活動。国内外の本格アーティストの作品やツアーに参加するほか、人気アニメ「ガンダムSEED DESTINY」のエンディングテーマの歌手に抜擢されるなど、幅広いジャンルをこなす実力派として音楽業界で一目を置かれています。一方で、鎌倉のローカルや幼馴染の間では、「歌手の美香ちゃん」と老若男女に親しまれる存在。コロナ禍による自粛期間には、なんとか可能な形で活動を続けようと、様々な試みを繰り返したのだと話してくれました。
 昨年10月にYouTubeで公開された「I Wish You Love 有坂美香withコスガツヨシ」を聴いてみると、美香さんの歌声の揺るぎのない安定感と心くすぐる軽快さのバランスが絶妙で、改めて彼女の歌がもたらす心地よさを実感します。そうして自らの歌を発信しつつも、今、何にエネルギーを注ぎたいかというものが少しずつ見えてきたのだと言います。それは「歌を教える」ということ。「歌は楽器もなにもなくてもできるもの。人間本来の力。大きな声で歌って、元気になれる。その楽しさを伝えたい」と。

歌を通して、生き方を見つけて欲しい

lookaway.JPG

 2010年に美香さんがディレクターとして結成したファミリークワイヤー、The Sunshowersでは、コロナ禍で「合唱」が難しくなってはじめて、参加者の歌への熱意を再認識できたそうです。大人も子供も一緒に歌うそのグループは、2018年から東京と鎌倉で定期的にレッスンを開催し、毎回30〜40名のメンバーが集い歌っていました。
「子供たちはもちろん、大人が本気になって楽しんだり、はしゃいだりできる場をつくることが必要だと思い生まれたグループです。子供たちがそんな大人の様子を見ることも大事。その子たちが大人になったとき、歌を通してひとつの生き方を見つけることに繋がれば」と、ファミリークワイヤーの意義を語る美香さん。
 「歌うことを止めることはできない、楽しみをとることはできない」と試行錯誤を繰り返し、オンラインでのレッスンを軸に、感染症対策に万全を期した対面レッスンを少しずつ再開するようになりました。そのことは美香さんにとって教える方法の幅が広がるという収穫もあったようです。この4月には鎌倉でのレッスンが再開します。とはいえ70平米を超す広い会場に定員は10名以下、換気、消毒、ソーシャルディスタンス、マスク着用など、厳しい規定を守ったやり方です。

人生のベースにあるアメリカでの経験

sepia.JPG

 「教えていると、いろいろな人がいます。私は人それぞれ、それでいいということを伝えるようにしています」。日本では「人と同じでなければ」とか、「普通こうだ」とか、「こうしないと変」という考えがあるけれど、特に子供たちからはそんな概念をなくしたいと語ります。歌を通して人格を育てたいという思いは、15歳でアメリカに渡り、海外での人生経験から生まれたものなのです。
 「由比ヶ浜でのんびりと育った私が、まず最初にアメリカで突き当たった壁が、言葉、宗教、政治、人種の問題でした」。海外で培った感覚は、日本の良さと足りなさの両面を捉えています。「アメリカでは、人と違って当たり前、どう共存していくかを学びました」。また物事を判断してどう生きるかを自分で決めるということを若い頃に身につけます。そして同時に日本人の優しさや丁寧さを実感したのだと言います。
 子供の頃から家に交換留学生が滞在し、英語に親しみ、海外との接点が多かったとはいえ、アメリカでの苦労と努力は少なくはなかったでしょう。そんな中で「音楽がひとつのツールとなって友人ができた」という経験を伝えることは、子供たちにとって希望となるメッセージです。美香さんのクラスは、英語が話せて当然というこれからの世の中に生きる子供たちのために、耳から入る歌を通して英語力を鍛える狙いもあります。「英語が喋れると、世界と友達になれるんですよ」と、言葉の端々にポジティブなエネルギーが溢れています。

「ポジティブ」な姿勢は母の教えから

teatime.JPG

 2010年から音楽学校で歌唱指導を担当していた美香さん、「この10年で、生徒が伸びる教え方を確立しました!」と胸を張ります。その方法は成功体験だけを綴る練習ノートを書いてもらうこと。「もし成功が何もなかったら、感動したことをひとつ書く。日々のワクワクやちょっとした感動が大事なんです」と。実はこの方法は、美香さんの母からの教えが基本になっています。「『一日三つの感動を』といつも母から言われていました。朝起きられただけでも感動。ご飯が食べられて感動。晴れてよかった、雨降って、そんな素晴らしいことはない」と。戦中育ちの母ならではのポジティブシンキングは、繊細で心が震えがちだった美香さんを元気付けました。
 美香さんから発せられる深い愛情と明るさは、温かい愛をたくさん受けて育ったからなのだとわかります。そして一族に教員や研究者の多いファミリーという話が出て、なるほどと頷けるのです。「教え、育てる」というのは天職。そのツールが「音楽」でした。「私自身が音楽に助けられたので、シンプルにそれを伝え、広めたいという思いです。歌うことは誰にでもできること、体にもいいですしね」と。そして「自分が教える立場になって、生徒が私を先生にしてくれるんです」と、謙虚に語ります。
 2020年から2021年、激動の時代を生きるには「身軽さ、力を抜くこと、こだわらない、変化を受け入れること」というキーワードを挙げる美香さん。「自分は行ける! 大丈夫でしょ!」と笑います。これも「朝起きたら、鏡を見て『最高!』って言いなさい」という母の教え。繰り返される歌の歌詞も自らに刷り込まれるからと、「言霊は大切なので、いいメッセージのある曲を選んでいます」。時代に風に乗るかのように、柔軟に活動を進めていく美香さん。その力強い姿に勇気をもらい、「大きな声で歌ってみたい」と思わずにはいられません。

last.JPG

interview & text : sae yamane
photo : yumi saito
coordination : yukie mori 

取材協力 : cafe 坂の下
有坂美香 ありさかみか

歌手。神奈川県鎌倉市出身、15歳で渡米、バークリー音楽大学卒業。ジャンルを問わず国内外数々の本格派アーティストの作品やツアーにフィーチャリング、コーラスで参加するほか、ボイストレナーしても音楽業界で厚い信頼を置かれる。Reggae Disco Rockers, Jazztronikではメインボーカルを勤める。ファミリークワイヤー有坂美香&The Sunshowersを主宰するほか、港区観光大使を務めるなど、多岐に渡り精力的に活動している。人気アニメ「ガンダムSEED DESTINY」エンディングを唄い、オリコン・デイリー1位に輝いた経歴も。オリジナルアルバム『Apuantum』
オフィシャルサイト
鎌倉でもレッスンを行っています
MIka Arisaka & The Sunshowers
instagram@mikaarisaka






Follow me!