湘南くらすらいふ第54回 山田奈美さんのClass Lifeな暮らし

 葉山、一色海岸から、しおさい公園の横を抜けて、丘のほうへと小径を辿っていくと、ある瞬間にふと時空がシフトする場所があります。車の入れない細い路地を覗き込むと、その先は昔のままの風景。石垣と木の塀が続き、年配のご夫婦が落ち葉を箒で集めています。その一角に立つ古い日本家屋。玄関をくぐり、室内を見回してみると、なんともいえない懐かしさが胸の奥から湧き上がってきました。薬膳料理家、山田奈美さんの自宅とアトリエを兼ねた家は穏やかな時が流れ、まるで結界が張られているかのように清々しい空間です。

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「和食こそ、日本人にとっての薬膳」

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「日々の食事の大切さ、古くから受け継がれてきた伝統的な食のすばらしさを見直し、受け継いでいく」。そんな思いと共に、奈美さんはここで「食べごと研究所」という活動を行なっています。もともとは都内で編集ライターとして仕事をしていましたが、10年ほど前、拠点を東京から葉山へと移し、和食や薬膳、発酵食品などの教室を開いています。その傍らで日々の営みの中で伝えたいことを書籍にまとめ発信しています。

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 「薬膳」の道に目覚めたきっかけは、20年以上前に取材で出会った、食養研究家、武鈴子先生の存在でした。「“和食こそ、日本人にとっての薬膳”という先生の言葉がスッと心に入り」、日本人本来の食を学ぶようになります。それをさらに後押ししたのが、身体を通してその効果を実感した経験でした。当時、30代になったばかりの奈美さん、体調の変化と忙しくて生活が不規則だったことが重なり、冷えや生理痛、肌荒れなどさまざまな症状を抱える日々だったそうです。けれども食生活を見なおすことですべてが改善されたのです。
 その頃から都内で畑を始め、野菜が沢山採れたので、ぬか漬けや発酵食品を作ったら、「保存食」がどんどん面白くなり、いつしか人に教える機会も増えていました。結婚をして、畑もできる古い家を探していると、縁がつながりこの家が見つかります。40代になる頃、葉山に引っ越し、妊娠、出産を経て、編集との両立から、「食」一本へと仕事を絞りました。

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 発酵食品は、今でこそ当たり前のように話題となっていますが、10年前というと、まだ健康や暮らしにとりわけ興味のある一部の人のものというイメージがありました。はじめの頃は、周りから「え?ぬか漬け?」という反応もあったそう。けれど「これが大切」という実感があり、淡々と伝えることを続けて来ました。ここに至った根底には、奈美さんの原体験も影響があるようです。静岡県浜松出身で、「裏に畑のある家に住み、母もおばあちゃんも、ぬか漬けや梅干し、味噌を、手作りしていました」。だから自然とそちらに向かったかもしれないと振り返ります。

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 最近の発酵食品の人気を受けて、「一般的に身近な存在になってきて、いい傾向です」と言う奈美さん。その言葉の背景には、大人が興味をもてば、子供たちの口にも届くという気持ちもあるようで、「3歳までに食べるもので腸内細菌のバランスが決まってきます」と続けます。発酵食品に含まれる植物性乳酸菌が腸内に沢山あると、腸内細菌の居心地がよくて、お腹の中が整うのだそう。台所には、ぬか床と味噌や醤油を仕込んだ大小の木樽が積まれ、ガラスの瓶に入った梅干しや葉山のなつみかん胡椒、オイルサーディンなど、自家製の保存食が並んでいます。「一からやるのが好きなんです。だから既存のものではなく調味料まで手作りに」。7歳になる息子さんもその環境で育ち、元気いっぱいです。

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築90年の家に昔のままに暮らす

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「食」を大切に、ていねいに日常を紡ぐことのできるこの家は、奈美さんの理想が叶った場所。話をうかがった床の間のある部屋の卓袱台は、家族の食事の場であり、夜は布団を敷いて寝室になります。そして日中は、アトリエとして人が訪れる場に。じっくり見ると、家具がとても少ないことに気づきます。「昔の家は押入れがたくさんあって、何でも入ってしまうんです。もともと出すのが好きではないので、とにかくしまいこんでしまいます」。その言葉通り、すっきり片付いているという点も、築90年だというのに、清潔感があって凛とした佇まいに見える理由かもしれません。
 建築家が訪れた際、「手入れをして住んだほうが、新しく建てるより長持ちする」というほど、しっかりした造り。柱にはなんと地元の木が使われているのだそうです。とはいえ、憧れがあっても古い日本家屋に住むのはなかなか覚悟がいるものです。これほどきれいに暮らすには、やはり苦労もあるのではないでしょうか。

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 「海の近くで湿気やカビは気になりませんか?」と聞くと、「風を通せば、それほど気になりません」と。雨が降って湿気がたまったかなと思ったら、棚や引き出しを開けて風を通すそう。便利になりすぎて忘れてしまいがちな昔の人の手間を、そのまま実践しているだけなのかもしれません。「この部屋も、箒で縁側に掃き出してしまうだけだから、掃除もラクですよ」と教えてくれます。

「季節のことをやると、リズムが調います」

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縁側に吊るされた干し柿。卓袱台と掘りごたつの下には炭が焚かれ、長火鉢の鉄瓶から湯気が上がっています。話をしていると蒸かし芋のおやつを出してくれた和紙作家のご主人。今は、畑と田んぼ、そして炭焼き、祭り事などの地域の活動に精力的に取り組んでいるそうです。自然と共にある葉山での暮らしは、季節ごとに仕事があり、それをていねいに毎年繰り返しています。「忙しくても季節のことをやると、リズムが調います。もともと柿の皮を剥いたりする時間が好きだったので」と。自然のものは待ってはくれないから、必ずやらなくてはならない。そこで「立ち止まり何かするというのは、流されないでいいのかなと思います」。世の中に逆行しているようで、ほんとうは時代のずっと先を見ている視点。

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 ていねいに暮らすことが、心にも体にも効き目がある。日本人の古くからの生活、そして食を取り戻すことが、きっとその鍵になる。奈美さんにお会いして、改めて自らの足元をしっかりと踏むことの大切さを教わりました。
 
interview & text : sae yamane
photo : yumi saito
coordination : yukie mori 

山田奈美 やまだなみ

薬膳料理家。食養研究家。国際中医学薬膳師。「食べごと研究所」主宰。広告制作会社勤務を経て、フリーのライター・エディターとして雑誌や書籍の執筆、制作に携わる。二十数年前より「東京薬膳研究所」主宰・食養研究家の武鈴子氏に師事。東洋医学や薬膳理論、食養方について学ぶ。現在は葉山のアトリエ「古家1681 coya iroai」にて「和食薬膳教室」や「発酵教室」などを開催し、昔ながらの日本の食文化を継承する活動に取り組む。著書に『はじめる、続ける、ぬか漬けの基本』(グラフィック社)『少量でのおいしい体にやさしい季節のお漬けもの』(家の光協会)『昔ながらの知恵で暮らしを楽しむ家しごと』(エクスナレッジ)など。
食べごと研究所
 

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